第60話 職人の家族も仲間に加わります
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ルシェルドの療養地から戻った俺たちは、食堂で昼食を食べていた。療養地までの除染が終わり、みんな晴れ晴れとした顔をしていた。
テーブルには、マルタの作った野菜とバロウ牧場から届いたばかりの肉を使った温かい煮込み料理が並んでいた。
「これはうまそうだ。いただきます」
レオンが大きな声で言って、湯気の立つ器に手を伸ばした。
「熱っ! でもおいしい。これで午後も踏ん張れる」
それを見たセリアが笑った。
「ほら、レオン。慌てると火傷するよ」
頭を掻くレオンを見て、向かいに座っていたノクシアが微笑む。当初、警戒心を持っていたレオンも今はノクシアたちを仲間として迎え入れている。
食事が一区切りついたあたりで、俺は立ち上がった。
「皆さん、それぞれの仕事がある中、療養地までの除染作業に協力していただき、ありがとうございました。おかげさまで、瘴気も薄まり、保護区の中はさらに暮らしやすくなりました」
俺は頭を下げた。どこからともなく拍手が湧いた。
「ですが、皆さんにもう少し力を貸してもらいたい。ルシェルドの治療を進めていますが、その根本的な治療のためには、森の奥の湖を除染しなきゃならないんです」
「それって、あのはるか先の湖かい?」
マルタが尋ねた。
「そうです。ただ、先ほどルシェルドが弱った木を処理してくれているので、療養地までのように木の伐採は必要ありません。草を刈って、浄化排水を撒くという作業を繰り返すことになります。皆さんに、協力してもらえないでしょうか」
俺は再度深く頭を下げた。無理してやらせるわけにはいかない。
しばらく沈黙が続いた。
「ワタル先生。俺たちはこの保護区に来て、本当にやりがいを持って暮らせているんだ。だから、先生が必要だって言うなら、俺は協力するよ。なあ、マルタ?」
トーマがそう言って、マルタを見た。マルタも頷いた。
「そうですね。土の状況は私が見たほうが間違いがないですし、引き続きやらせていただきます」
「俺もやりますから。数に入れておいてくださいね」
煮込み料理を頬張りながらレオンが言った。
ノクシアも「私たち家族も協力します」と言ってくれた。
「ありがとうございます。そうしたら、明日から午前中は湖までの除染作業、午後は各自の仕事ということにしましょう。この除染作業の現場責任者をトーマさんにお願いしたいと思いますが、引き受けてもらえますか?」
「えっ? 俺が?」
「はい。マルタさんの野菜がおいしいのも、トーマさんが耕す畑があってこそ。土をきれいにする作業には、トーマさんの経験がとても重要です。ですから、お願いします」
「俺でいいのかな……。まあ、頑張ります」
マルタがトーマの肩を叩いた。
「そうしたら、明日以降の作業を午後に打合せしますので、トーマさん、よろしくお願いします」
俺がトーマに伝えたとき、食堂の入り口からガルドの家族が入ってきた。ガルドと妻のベルナ、娘のライザだ。
「ワタル。家族で来たが、俺たちも食事させてもらっていいか?」
「いいですよ。席に座ってください」
入り口に近い席に3人は座った。
「で、何か重要なことを話していたのか」
ガルドが問いかけた。
「ええ。ルシェルドの療養地までの除染は終わったのですが、根本治療のためには湖の除染が必要でして。それで、明日から進めることにしたんです」
「森の奥の湖まで。相変わらずよく働くやつだな。……待てよ」
ガルドは少し考え込んでから言った。
「湖まで道を通すなら、その水を浄化して引き込めば、村の井戸を気にせず保護区の水を使えるようになる。村の井戸への負担軽減にもなるんじゃねえか?」
「水不足の解消。確かに……」
保護区に住民が増えてきている。これ以上、井戸水を汲み上げることができない以上、早晩、水不足になる。
湖の除染を「ルシェルドの継続治療」だけでなく、保護区のインフラ自立と村との共倒れを防ぐための「新規水源確保」として再定義することができる。
俺は確かな手ごたえを感じ、拳を強く握った。そんな俺をよそ目に、ガルドが肉を頬張った。
「でな、ワタル。今日、家族でここに来たのはお願いがあってな」
「お願いですか?」
「ああ。ワタル。俺を保護区の工房長として正式に置いてくれねえか。村の工房は弟子に任せてきた。湖を扱うなら、水車も水門も片手間じゃ無理だ。妻のベルナも働かせてもらえないかと思ってな」
俺は突然の申し出に驚いた。
「保護区の職員になるということですか?」
「ああ。ただ、給金はいらねえ。ベルナもだ。どうだ?」
「働いてもらうんだったら、そんなわけにはいかないですよ」
ガルドは大きく首を振った。
「俺にはマスクの取り分がある。3割だぞ? 材料費を引いても、城下との流通が戻った今の売れ行きなら家族を養うには十分すぎるし、ベルナの給金分も十分賄える。自分の道具が売れた分で食う。それが職人の誇りだ。固定給まで取ったら取りすぎだ」
ベルナも続いて言った。
「家族の暮らしはあの人のマスクの取り分で足ります。ですから、給金は不要です。でも、ここに引っ越してきて、隣人ではなく仲間として生活したいと思いました。ですので、保護区でぜひ働かせてください」
ベルナの申し出を聞き、配膳をしていたセリアが言った。
「食堂も忙しくなってきて、夫と二人だと結構大変で、配膳も片付けも、保存食づくりも手が足りてなかったんだよ。ベルナさん、この食堂で働くのはどうだい?」
「いいんですか? 喜んで手伝わせていただきます。保存食づくりなら、少しはお役に立てると思います」
「余った野菜や保存食の材料も、こちらで相談してベルナさんに使ってもらいましょう」
セリアの言葉に、ベルナの表情が明るくなった。
「それは助かります。家での保存食づくりにも助かります」
ライザが母親のベルナの言葉を聞いて笑った。
「お母さん。ここでみんなが働くなら、毎日ここでご飯を食べればいいんじゃない?」
「そうだったわね。つい、いつもの癖で……」
ガルドが大きく笑った。
「そんなわけで、話は決まった。ワタル、よろしくな」
「本当にありがとうございます。ガルドさん、ベルナさん、ライザさんが保護区の仲間に加わってくれたことに本当に感謝します」
俺は頭を下げた。こうして、工房と食堂を支える新しい手が、保護区に加わった。
***
午後から、処置室でサンダーラビットのライの治療を行った。リコ、エーリス、ノクシア、ガルドが処置を見守っている。
エーリスの『魔力鎮静』の光がライを包む中、俺は慎重に鼻腔洗浄を行った。
『絶対診察眼』
ライの鼻腔の黒い影はなくなった。これなら、リハビリに移行することができる。
「……よし。鼻腔内の瘴気除去を完了しました。ライ、今日で鼻の治療は終了だ。明日からは処置室の中で少しずつ体を動かす練習に移ろう」
ライは耳を震わせ、前足で処置台を軽く叩いた。ガルドがそんなライを見ながら言った。
「ワタル。導魔ハーネスの調子はいいけど、蓄魔瓶のほうの実験はまだ終わっていない。今後どうするか……」
「ガルドさん。確かに、実験は終わっていないけど、それを理由に患者に実験を続けさせるのはおかしいです。治療も完了した以上、それはやむを得ないですね」
「そうか……。あと少しで実用化も考えられたんだがな」
少し考え事をしていたノクシアが口を開いた。
「蓄魔瓶とは、雷の力を溜める器具ですか?」
「そうです。それを利用して明りに使えないかと実験をしていたのです。ですが、ライも治療が進むにつれ、放電回数も減っていたし、無理やり出させるのもおかしいからなかなか進んでいなくて……」
「あの。私でよければ協力しましょうか?」
ノクシアがゆっくりと話した。
「えっ?」
「私は、微弱な雷魔法を使えます。攻撃には向きませんが、同じ強さで、同じ間隔で流すことはできます。これであれば、必要な時に必要な量だけ提供できますし、ライに負担もかけません」
「それだよ、欲しかったのは。強い雷じゃねえ。決まった量を流したいんだ」
ガルドがノクシアの言葉を聞いて、二度頷いた。ノクシアは一瞬、目を丸くした。
「……弱い方がいいと言われたのは、初めてです」
「ノクシアさんに負担がかかりませんか?」
「量によりますが、そこまで負担がかかるものではないので、大丈夫です」
ガルドが手で膝を叩いた。
「ノクシアさん。ありがとう。じゃあ、明日から実験をしよう。そんなに負担はかけないようにするから。なあ、ワタル」
「はい。ノクシアさん。よろしくお願いします」
今日の治療で、ライの今後と蓄魔瓶の実験の方向性が決まった。
【施設管理カルテ】
人員配置:ガルドを保護区工房長として正式配置。固定給は設定せず、「息守りマスク事業」利益配分(3割)を主な報酬とする。併せて、ガルドの妻・ベルナを食堂部門に受け入れ、配膳、片付け、保存食づくりを担当予定。
水資源計画:北方湖畔エリアの除染を優先事業に指定。湖水の浄化、引水、貯水、排水路整備により、村内井戸への依存軽減を目指す。
患者経過:サンダーラビット・ライ……鼻腔内の瘴気除去を完了。急性期治療を終了し、今後は処置室内での運動療法へ移行する。ドッグラン利用の可否については、経過観察後に判断する。
技術開発:患者の症状を利用しない開発方針を保護区の基本方針とする。蓄魔機構の試験については、ノクシアの微弱雷魔法を用いた安定入力による負荷試験へ移行する。
特記事項:明日より午前中の共同除染作業を湖畔方面へ拡張。専門職の連携により、ルシェルドの継続治療と保護区の水資源問題を並行して進める。
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