↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物は討伐しません、診察します〜転生獣医のもふもふサファリパーク開拓記〜  作者: あおにし
第3部 魔王軍接触

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
59/75

第59話 傷を治すだけが治療ではありません

いつも応援ありがとうございます!お楽しみください!

早朝から、俺たちは氷泉竜ルシェルド療養地までの除染作業を行った。


俺、リコ、エーリス、レオン、オルフェン、ノクシア、セリア、マルタ、トーマがガルド製の「息守りマスク」を付けて、草を刈り、浄化排水を撒く。仕上げに、プルとプルツーが残った瘴気を吸っていく。


ルシェルド療養地までの通路が開かれ、踏みしめる土も柔らかさを取り戻していた。

そこは、最初に来た時とは別の場所のようだった。黒ずんでいた草は刈り払われ、湿った土からは、もう鼻を刺す酸っぱい匂いがしない。


俺は、一帯を『絶対診察眼』で確認した。


『瘴気反応:陰性』


「これで、ルシェルド療養地までの除染は完了です。皆さん、ありがとうございました」


俺の話を聞き、全員がマスクを外した。


「空気が軽い」


エーリスが深呼吸した。マルタは土の匂いを嗅ぎ、笑顔を浮かべた。


「土の匂いが戻った。酸っぱい匂いが消えている」


「これで、マスクなしで行き来ができる。農園を広げるのも可能になるな」


トーマも土を見て喜んだ。


***


俺、リコ、エーリス、ノクシア、オルフェンが治療のため、ルシェルドのもとへ進んだ。


俺を見て、ルシェルドはいつものように無言のまま、左翼根部の傷口をこちらへ向けた。


俺は樽からひしゃくですくって、傷口に高濃度浄化液をかけ、赤黒く残る瘴気を洗い流していく。


『絶対診察眼』で傷口を診るが、まだ瘴気は残っている。


「まだ、治療が必要だな」


治療が一区切りついた後、ノクシアがルシェルドに近づいた。


「ルシェルド様。あの時はありがとうございました。あなたのお言葉があったからこそ、今、私と両親はこの保護区で働いています」


ルシェルドはノクシアを大きな目で見つめた。


『我は何もしておらぬ。答えはもとよりお前の中にあった』


古びた鐘のような重厚な響きが俺の頭に響いた。ルシェルドの声だ。


周りを見た。リコは耳を伏せている。エーリスは胸元を押さえて驚いている。


「これがルシェルドの声……」


エーリスが呟いた。ルシェルドはそれらの反応に目もくれなかった。オルフェンがノクシアの前に出た。


「ルシェルド様。娘に進むべき道を示していただき、ありがとうございます。そのおかげで、私たち夫婦も保護区に来ることができました」


ルシェルドの視線がオルフェンに向いた。


『……老いた観察者よ。百年以上前、魔王の命を受けて我の弱点を調べに来たのは……おぬしであったな』


オルフェンは動揺を見せず、深く頭を下げた。


「覚えておいででしたか。あの時は命令に従っていたとはいえ、あなたの領域に踏み込み、無礼な観察をいたしました。申し訳ありません」


ルシェルドは身動きをしない。オルフェンは言葉を続けた。


「ですが、今は違います。弱点を探しに来たのではありません。あなたがどうすれば痛まずに済むか、その手がかりを観察しに来たのです」


オルフェンは生態観察責任者としての決意を述べた。


ルシェルドは目を細めた。怒りではなく、遠い記憶を確かめるような沈黙だった。


「ワタル先生。ルシェルド様の傷口の回復具合はどうですか」


「外傷としては治ってきていますが、傷の奥に残る瘴気が抜けきりません」


オルフェンは顎に手を当て、しばらく考え込んだ。


「ルシェルド様は氷泉竜です。水脈と身体を分けて考える種ではありません。守っている水源が汚れたままなら、傷だけを洗っても、身体の奥は回復しきらないのではないでしょうか」


その言葉を聞き、俺は思い出した。


「森の奥の湖。あそこが瘴気で汚染されていた。あそこを浄化できれば、ルシェルドの傷の奥に残る瘴気も抜けるのかもしれない……」


「でも、ワタル。あの湖は保護区からはるか先の森の奥。今の人数でそこまで除染するのは、無理だと思う」


リコが呟いた。


木を切り倒して森を切り開き、草を刈り、土の除染を続けて湖までの道を開く。その上でその一帯の除染をしなければならない。


ルシェルド療養地のように保護区の外縁であれば何とか除染できるが、あの湖まではあまりに距離があり、どれだけ時間がかかるかわからない。


「傷口を洗うだけでは、ルシェルドの状態は根本的には改善しない。ルシェルドが守ってきた水源――森の奥の『湖』そのものを診る必要がある。でも、今の保護区の体制だと、どれだけ時間がかかるか」


俺の言葉を聞き、全員が黙り込んだ。ルシェルド療養地までの除染でもこれだけ時間がかかったのに、湖まで切り開くとなると何年かかるかわからない。


『道を開けばよいか』


ルシェルドの声が頭の中に響く。


「ああ。でもどのように……」


ルシェルドは翼をはばたかせて飛び上がり、湖の方角へ向かった。森の上を低く旋回し、翼を激しくはばたかせる。


竜巻のような風が森を包んだ。だが、その風は生きた木を傷つけなかった。瘴気を吸って中から腐った木、枯死した藪、倒木寸前の巨木だけを正確に選別し、なぎ倒していく。


「すごい……」


ただ、その光景を見つめることしかできなかった。保護区から湖へ向かう森の中に、人が手を入れられるだけの細い筋が生まれていた。


ルシェルドはゆっくりと降りてきた。


『これで道の骨はできた。肉を付けるのは、お前たちの仕事だ』


頭の中でルシェルドの声が響く。


「ありがとう。これで今の人数でも湖までの除染を進められる」


ルシェルドは、俺の言葉を聞き、大きな目を少し細めた。


【施設管理カルテ】

患者経過(ルシェルド):氷泉竜ルシェルド……創部炎症は軽減傾向。ただし創部への瘴気残留が続き、洗浄のみでは根本的な改善に至らない可能性あり。ワタルの診察眼による所見、およびオルフェンの生態観察所見に基づき、水源である「湖畔エリア」の汚染が全身状態の回復を阻害していると判断。

環境管理:ルシェルド療養地までの除染を完了。以後、湖畔エリアに至る森林について、ルシェルド本人の協力により確保された治療導線の整備へ移行する。

特記事項:オルフェンは過去、魔王軍統括観察官としてルシェルドを調査していた事実を本人に謝罪。ルシェルドは過去の接触を認識した上で、現在の観察目的が当時とは異なることを確認し、処置への協力を継続。


***


その頃、遠く魔大陸の魔王城では、アルデン大陸に生まれた「白い欠落」が、ようやく無視できないものとして扱われ始めていた。


黒い円卓には、ガウル以外の三席がすでに着いていた。


第一席、竜将ゼルグラード。


第二席、妖魔姫セレヴィア。


第三席、冥将ヴォルガン。


そして末席である獣王ガウルは、一番低い席に腰を下ろした。


重々しい扉が開き、若き魔王ヴァルゼインが入ってきて、円卓に座った。


従者が円卓に巨大な世界地図を広げた。


「世界の地図は、瘴気で塗り替えられつつある。各大陸で、その進行は順調だ」


ヴァルゼインは、黒く染まった地図の一点を指で叩いた。


「だが、アルデンだけが白い」


その指先は、アルデン大陸の片隅で止まっていた。


「ガウル。何をしている」


「申し訳ありません。ご指示のとおり、瘴気を森へ浸透させ、侵食を進めておりますが、ルミナ村という辺境の村のあたりで少し進行が遅くなっています。観察官を派遣して原因を調査させております。まだ最終確認は取れておりませんが、それよりも大きな問題が生じました」


「なんだ」


「実は、ルミナ村付近に氷泉竜ルシェルドが住みついたようです。今後の瘴気化においても大きな障害になることが想定されます」


「氷泉竜ルシェルドだと……。あやつが余計な手出しをしないよう、手は打っていたのではないのか」


ガウルは魔王の目を見ることができない。


「……そのつもりでしたが。対策を講じます」


竜将ゼルグラードはガウルの縮こまった姿を見て哄笑した。


「ガウルよ。末席には末席の役目がある。最も狭く、強国もないアルデンを任された意味が、まだ分からぬのか」


妖魔姫セレヴィアはガウルを見下しながら言った。


「牙と爪で地図が塗れるなら、誰も苦労はしませんわ。獣王殿には少し難しい話でしたかしら」


冥将ヴォルガンは何も言わず、憐れむようにガウルを眺めていた。


ガウルは奥歯を噛みしめた。この場では反論はできない。


ヴァルゼインの冷徹な声が響いた。


「ガウルよ。早急に対応しろ。瘴気の遅れを正せ。氷泉竜については、軽々しく触れるな。だが、あやつの周囲に生まれた白い欠落は放置できん。障害となるものは、取り除け。もし、失敗したら……。わかっているな?」


「はっ! 直ちに対応いたします」


***


ガウルは自らの居城に戻ってきた。


ゼルグラードとセレヴィアのあざけるような言葉。ヴォルガンの憐れむような目。思い出すたびに、胸の奥で怒りが膨れ上がった。


「ガウル様」


「なんだ!」


「ノクシアが手紙を置いていきました。これです」


ガウルは渡されたノクシアの置き手紙を読んだ。


『本報告書を、観察官ノクシアとしての最終提出物とします。以後、魔王軍には戻りません』


最後の一文を読み終えた瞬間、紙がガウルの掌の中で潰れた。ぐしゃぐしゃにして、切り裂いた。


「どいつもこいつもバカにしやがって……。今に見ていろ」


ガウルは拳を強く握りしめた。爪が掌に食い込み、黒い血がにじむ。


「魔物遣いドレイグを呼べ」


近くに控えていた部下が、びくりと肩を震わせ、部屋から出ていった。


しばらくして、扉の向こうから革の擦れる音が近づいた。


「お呼びですか?」


魔物遣いドレイグが入ってきて膝をついた。黒革の鞭を腰に下げ、指先には乾いた血のような黒い汚れがこびりついている。


「ドレイグよ。ルミナ村の保護区を探れ。氷泉竜には手を出すな。だが、あの白い場所を支えているものがあれば、壊して構わん」


破れた置き手紙の紙片が、黒い床の上に散っていた。ガウルはそれを踏みつけた。


「白い欠落など、獣の爪で引き裂いてやる」

もし『続きが気になる!』『この話、面白い!』と思っていただけましたら、下部の☆☆☆☆☆から【評価】や、作品フォロー&ブックマークをしていただけると、執筆の励みになります!ぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。