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魔物は討伐しません、診察します〜転生獣医のもふもふサファリパーク開拓記〜  作者: あおにし
第2部 夜魔族ノクシア

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第48話 森の奥には、まだ見えない患者がいます

いつも応援ありがとうございます!お楽しみください!

翌朝、ルミナ村から複数の荷馬車が到着し、職人ガルドの一家が正式に保護区へと移住してきた。


荷台には生活用品だけでなく、大型の旋盤やふいご、そして試作中の「蓄魔機構」に使う大型魔力瓶、小型蓄魔瓶、絶縁導線が山積みになっている。


「おうワタル、今日からここが俺の戦場だ。ライの放電を瓶に溜める実験も、ここなら腰を据えてできるぜ」


ガルドが誇らしげに鼻を擦る。


もともとは診療所として始まったこの場所に、金槌の音や家族の話し声が混じり、保護区が「人が暮らし、生産する場所」へと体温を宿していく過程を、俺は感慨深く見つめていた。


***


午前中、農家のマルタが試験農園の端で指を土に乗せ、その味を確かめていた。


彼女はまず、以前から耕している区画の土を、止める間もなく舌に乗せ、目を細めた。


「こっちは甘い。湿りも丸い。もう畑の土だね」


次に、彼女は森側へ拓いたばかりの、まだ少し黒ずんだ土を舌に乗せる。


「……こっちはまだ酸っぱい。舌の横がぴりつく。戻ったんじゃないよ。抜けきってないんだ」


俺はその言葉に応じるように、意識を集中させた。


(――『絶対診察眼』)


【瘴気残留:弱陽性】

【土壌活性:回復途上】


マルタの舌が拾った違和感を、俺の診察眼も同じように示していた。


「畑は朝と夕方で顔が違います。この残り数寸の瘴気が抜ける瞬間を見逃したくない。この近くに移住できないかねえ?」


「そうですね。ロッカさんに聞いてみます」


マルタのプロとしての強い希望を受け、俺は保護区に世帯用の職員住居を置けるか、本格的に検討することにした。


***


昼時、俺は石工棟梁のロッカを呼び、従業員寮の設計を相談した。


「単身者用と世帯用、居住棟を分けて計画したいんです。マルタさんとトーマさんも移住したいと希望していて」


「そうだね。この保護区には職員も増える。今後も移住を希望する者が増えるだろうから、事前に計画して作っておくことにしよう」


ロッカは図面に素早く線を引く。


「単身者用は共同住宅、世帯用は一戸建てにしよう。ガルドの工房やうちの工房のあたりにはまだ余裕があるだろう。ここに建てるといい」


「そうですね。ここなら食堂や診療棟にも近い。色々便利です。お願いします」


「任せな。でも本当にアタイの仕事の大部分が保護区の仕事になってきたよ。いよいよアタイもこっちに越してこなきゃかもね」


ロッカは図面の端を指で叩いて笑った。


***


午後、俺とリコ、そして見習いのレオンの3名は、息守りマスクを装着し、北側の森へ向けた除染開拓を開始した。


密猟者事件の直後のため、俺たちは「柵のすぐ外側」に範囲を限定して作業を進めた。


リコが風向きと匂いを監視し、レオンが斧と鉈を振るって瘴気に焼かれた低木や藪を切り拓いていく。


レオンは切り出した木材を、その場で浴室や調理用の薪として使いやすいサイズに叩き割っていく。


「剣を振るうのとは勝手が違いますが、これも保護区を守る力ですよね」


レオンが額の汗を拭う。俺とリコはその跡地へ浄化排水を撒き、プルとプルツーが仕上げの浄化を行った。


***


夕刻。導魔ハーネスと小型蓄魔瓶の仮接続試験を行っていた時のことだ。


ライの耳が、ぴんと北を向いた。


次の瞬間、ハーネスの金具に激しい青白い火花が走る。


「ライ?」


俺が手を伸ばすより早く、蓄魔瓶が内側から激しく発光した。普段の淡い青が、瓶の底から噴き上がるように濃くなっている。


「外せ、ワタル! 金具が熱を持ってやがる!」


ガルドの叫びと同時に、俺は接続を解除した。ガルドが顔色を変えて瓶の光を見つめる。


「……ライの放電だけじゃねえ。何か別の質が混じった」


ライは短く体を震わせ、北の森を凝視し続けていた。


その時だ。伐採によって遮蔽物が減った森の奥から、かすかな声が届いた。


――……ォォォォ……ォォン……。


耳を澄ませなければ聞き逃すほど遠く、しかし胸の奥に沈むほど重い声。


俺は、その声の主の名前を知らない。けれど、痛みの声だけは、獣医師として聞き間違えようがなかった。


***


夜。新設された浴室には柔らかな湯気が満ちていた。


今日は女性陣が先に湯を済ませた後、最後に俺とレオンが湯船に身を沈めた。


「ふぅ……生き返るな。レオン君、今日の伐採と薪割り、本当に助かったよ。おかげでこうして温かいお湯に浸かることができている」


「いえ……自分はこの保護区の警備も任されていますから。温まったら、これから夜間の外周パトロールに出てきます。不審者がいないか、しっかり見ておきますよ」


レオンが凛とした表情で答える。かつての焦りではない、自らの職務を誇る「守り手」の目だった。


湯の温かさは、伐採で強張った肩をほどいてくれた。けれど、夕刻に森の奥から届いたあの声だけは、湯気の向こうにも消えることはなかった。


【施設管理カルテ】

施設拡張管理:ガルド一家の移転、および工房稼働準備を開始。マルタ夫妻より保護区近接居住の要望あり。職員用居住棟については単身者用・世帯用を分ける。

環境・土壌管理:試験農園は土壌活性・清浄度ともに良好。拡張エリアについては、森林境界の除染を北進。表土に弱陽性の瘴気残留所見を確認。土地再生手順として、浄化排水散布およびスライム浄化を継続する。

燃料管理:開拓由来の木材をレオンが加工し、浴室・調理用薪の備蓄を開始。

患者経過:サンダーラビット(ライ)……改良型ハーネスと蓄魔瓶の試験中、北方より伝わる未知の魔力波動に対し過敏反応を確認。蓄魔瓶への異常負荷、熱上昇が認められたため、接続を解除。絶縁材および容量の再設計を要する。

特記事項:森林開拓による遮蔽物減少に伴い、森深部より大型生物と思われる鳴き声を感知。音響特性より、威嚇・縄張り行動ではなく疼痛反応の可能性が高い。ライの反応および蓄魔瓶の異常との関連も現時点では判断不能。以後、同様の鳴き声および北方からの魔力変動を記録対象とする。

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