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魔物は討伐しません、診察します〜転生獣医のもふもふサファリパーク開拓記〜  作者: あおにし
第2部 夜魔族ノクシア

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第42話 逃がした雷は道を照らします

いつも応援ありがとうございます!お楽しみください!

早朝の魔物診察区画には、パチパチという乾いた放電音が響いていた。


処置台の上で、サンダーラビットのライが震えている。以前のような狂乱こそないが、その目は見開かれ、周囲の些細な物音に過敏に反応していた。


「……よし、いい子だ。これから鼻の中を洗うからな。少しだけ我慢してくれ」


俺が声をかけ、リコが慣れた手つきでライの体を支える。しかし、水という物理的な刺激は、この子にとって強烈なスイッチになりかねない。


「こちらは大丈夫ですわ。……『魔力鎮静』」


横に立つエーリスが杖をかざすと、柔らかな光の粒子がライを包み込んだ。


神経を焼き焦がさんばかりに高ぶっていた魔力の波が、深い霧に包まれるようになだめられていく。


「今だ!」


俺はシリンジに満たした清浄水を、ライの鼻腔奥へと慎重に流し込んだ。


『絶対診察眼』の透過図が、粘膜にへばりついていた黒い瘴気の影を捉える。


それが清らかな流れに押し流され、石床の排水溝へと消えていく。数回、十数回と繰り返すうちに、真っ赤に点滅していた脳前方の反応が、淡い青を混ぜながら落ち着き始めた。


処置が終わり、エーリスがゆっくりと魔法を緩める。ライが意識を取り戻し、身震いをした。


その瞬間、洗浄の刺激に反応した過敏な神経から、行き場のない魔力がバチバチと弾ける。


そこで待機していたガルドが、自作の「蓄魔機構」の端子を、ライの首元に装着していた放電逃がしの金具へ素早く、かつ正確に接触させた。


一瞬、リード線を通じて魔力瓶の中が青白く輝いた。


「……灯ったのだ!」


リコが歓声を上げる。接続された灯り石が、闇を払うような幻想的な光を放った。


だが、ガルドはすぐに装置を外し、険しい顔で首を振った。


「……ここまでだ。瓶が熱を持ってやがる。まだ長くは使えねえな」


未完成の技術。しかし、俺はその光に確かな意味を感じていた。


「いいんです。無理に抑え込むのは、この子の負担になりますから。こうして逃がす道を作って、その先で少しだけ使わせてもらう。それくらいが、今のこの子にはちょうどいいんです」


***


その光景を、新棟の窓から一人の男が静かに見つめていた。退院を控えた冒険者、レオンである。


かつて自分が「討伐対象」として剣を向けた相手。震える小さな命から漏れた雷が、瓶の中で青白い光に変わっていた。その光景を見ていると、レオンの胸の奥で、言葉にならないものが重く動いた。


その日の午後。レオンは重い足取りでルミナ村の冒険者ギルドの門を潜った。


「おっ、レオン。退院したのかい」


「はい。……モルガナさん。俺、冒険者を辞めようと思います」


カウンターの奥で、ギルドマスターのモルガナが書類から目を上げ、鋭く鼻を鳴らした。


「焦って剣を抜いた奴が、今度は焦って剣を捨てるのかい。お前は本当に、焦ることしかできないね」


突き放すような言葉に、レオンが唇を噛む。


「冒険者を辞めるかは後で決めな。しばらく休業扱いにしといてやる。……剣を振るうこと以外で村を守りたいなら、保護区へ行って、魔物の見方を覚えてきな。あそこなら、お前のその『焦り』を別の形にする道が見つかるかもしれないよ」


モルガナはそう言って微笑んだ。


***


レオンが保護区の入り口に辿り着いた時には、すっかり夜の帳が下りていた。


「――止まれ。夜間は許可なき者の立ち入りは禁じられている」


松明の光と共に立ちはだかったのは、門番のキャスパーだった。


「あ、キャスパーさん……」


キャスパーは、レオンを見て眉を寄せた。


「レオンどうした? ……モルガナの叔母さんに、何か言われたのか?」


「……はい。『焦ることしかできない』って。俺、進路に迷って……自分が何をしたいのか、もう分からなくて」


絞り出すようなレオンの言葉に、キャスパーは松明を掲げ直し、自嘲気味に笑った。


「……お前のその、行き先をなくしたみたいなツラ。昔の俺を見ているようで癪だな」


驚いて顔を上げたレオンに、キャスパーは静かに続けた。


「俺も昔は冒険者になりたかった。だが叔母さんに『お前は弱い、死ぬだけだ』と止められたよ。あの時は腹も立ったし、自分の居場所がなくなったみたいで情けなかった。だがな……」


キャスパーは夜の闇に浮かぶ、白く清潔な診療所の灯りを見つめた。


「今は、村の門を守り、夜にはエーリス様たちが安心して眠れる環境を作っている。俺は自分のしていることに誇りを持っている。……レオン。剣を振ることだけが、『守る』ってことじゃないんだ。道は、一つじゃない。それを、あそこにいるワタルたちが教えてくれたのさ」


その言葉は、凍りついていたレオンの心に、確かな熱を持って届いた。


「……道は、一つじゃない……」


「ああ。夜間の立ち入りだから、俺が付き添う。ワタルなら、まだ起きているはずだ」


***


新棟のダイニングでは、俺とリコが今日の記録を整理していた。


「ここで働かせてほしい、だって?」


レオンの願い出に、俺は驚いて顔を上げた。隣では、リコが帳簿を広げたままレオンを鋭い目で見定めている。


「ギルドは休業してきました。……今の俺には、何もない。だから、ここで一から『守り方』を学びたいんです」


「……本気なのね」


リコがペンを置き、厳しい口調で条件を提示した。


「でも、うちは慈善事業じゃないのだ。食費と寝床、それからエーリスさんの魔力回復のための環境維持費……それらを考えれば、最初は給金を出せない。住み込みの食費と寝床をこちらで見る代わりに、試用期間は一か月」


「はい。構いません」


「水の運搬、清掃、ドッグランの糞拾い。剣を抜く暇なんて、一秒もないのだ。それでもいい?」


「……お願いします!」


レオンは深く、深く頭を下げた。


***


夜の処置室。棚の上では、昼間にライが逃がしたエネルギーを溜めた魔力瓶が、消え入るような青い余韻を放っていた。


レオンはその小さな光を見つめながら、初めて「明日」という時間を、焦らずに迎えられる気がしていた。


【施設管理カルテ】

人的管理:レオン(冒険者/休業中)……保護区見習いとして暫定受け入れ(試用期間一か月)。下働き(水運び・清掃・環境整備)を担当。剣を抜かずに魔物の生態と環境管理を習得させる。

患者経過(魔物):サンダーラビット(ライ)……清浄水による鼻腔洗浄を継続。鼻腔奥の瘴気反応が大幅に低下したことを確認。洗浄後に残る反射放電について、ガルド製蓄魔機構への誘導試験を行い、短時間の蓄魔に成功。神経過敏については経過観察を継続。

技術管理:「鎮静(魔法)・洗浄(医療)・誘導(工学)」の三段階手順を試験運用。蓄魔機構は熱上昇の課題があり、現時点では短時間運用による可能性確認段階である。

特記事項:保護区は、魔物の治療だけでなく、挫折した人間が新たな役割を再定義する「社会的再起を支援する場」としての機能を確立しつつある。

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