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魔物は討伐しません、診察します〜転生獣医のもふもふサファリパーク開拓記〜  作者: あおにし
第2部 夜魔族ノクシア

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第41話 保護区は人の心も耕し直します

いつも応援ありがとうございます!お楽しみください!

試験農園に種を植えてから、数日が過ぎた。


新棟のダイニングには、朝から活気ある声が響いていた。石工棟梁のロッカと、職人のガルドが訪ねてきたからだ。


「ワタル、家族と話し合ったぜ。みんな、村の工房は弟子に任せて、家族でこっちに移り住むことに賛成してくれた。保護区の設備も増えたし、俺がここにいた方が、あんたらも安心だろ?」


ガルドの力強い言葉に、俺とリコは顔を見合わせた。


「助かります、ガルドさん。給排水も蓄魔機構も、あなたの手がないと回りませんから」


すると、隣で腕を組んでいたロッカが、ニヤリと笑って図面を広げた。


「アタイも考えたよ。建物が増えれば、石床も柵もすぐ足りなくなる。毎回村から来てちゃ間に合わないからね。まずはここに作業場を置いて、弟子を数人常駐させる。アタイもしばらくは行き来するが、そのうち腰を据えることになるだろうさ」


職人たちの定住。それは保護区が「一時的な避難所」から、一つの生活圏へと育っていくことを意味していた。


「ありがとうございます。そうしていただけると本当に助かります」


「喜んでもらえると嬉しいよ。アタイもここの仕事は楽しいし、中心にしたいと思っているからさ」


ロッカはそう言って鼻を擦った。


「でも、建物を建てるにしても瘴気がある土地しかないだろうから、その除染をお願いしてもいいかい」


「はい。それは、俺とリコとプルたちで進めます」


「ぷるるっ」「ぷるっ」


プルとプルツーが小刻みに揺れた。


***


俺とリコは息守りマスクを着け、彼らの居住兼工房となる新区画の除染作業に取りかかった。


「プル、プルツー。今日はこっちの土地を頼むぞ」


密閉受け槽から汲み出した浄化排水を黒ずんだ土に撒く。その上を二体のスライムが丁寧に這っていく。浄化排水で瘴気を薄め、残った反応をスライムたちに仕上げてもらう「土地再生手順」だ。


じゅう、じゅう、と湿った音が響き、油を染み込ませたような黒い土が、見る間に本来の茶色へと戻っていく。自分たちの手で生活圏を広げていく確かな実感が、手のひらに伝わってきた。


***


ふと、裏手の試験農園に目をやると、マルタとトーマが腰をかがめて土を見つめていた。


「……あ」


マルタが、まだ少し震える右手で地面を指差した。


そこには、数日前に植えた種から、米粒ほどの小さな、しかし生命力に満ちた緑の芽が土を割って顔を出していた。


「……死んでなかった。あたしが診た通り、この土は生きてたんだねえ……」


マルタの呟きに、トーマがそっとその肩を抱いた。


土を治し、芽吹いた命。その輝きは、この場所の未来を祝福しているようだった。


***


サンダーラビットの雷撃を受けてから数日。


レオンは、エーリスの許可を得て、ようやく屋外への歩行リハビリを始めた。


足取りはまだ重い。あの小さな魔物に撃たれた衝撃が、まだ体の芯に残っているようだった。


建物の外へ出ると、不思議な光景が広がっていた。


スライムが楽しげに跳ねている。


俺が魔物に「調子はどうだ?」と声をかけると、レオンが足を止めた。まるで人間に話しかけるように聞こえたのだろう。


「……魔物を、そんな風に扱うなんて」


その呟きが耳に入り、俺はレオンを振り返った。


「全部の魔物が安全だとは言いません。でも、ここにいる子たちは、最初から人を襲いたかったわけじゃない。瘴気で感覚が狂って、怖くて、反射で身を守っていただけなんです」


その言葉に、レオンの中にあった「魔物=討伐対象」という単純な図式が、わずかに揺れた。


ドッグランの柵まで辿り着くと、一頭のウィンドウルフが近づいてきた。コロと呼ばれている個体だ。


レオンにとって、ウィンドウルフは森の狩人だった。新人冒険者が不用意に近づけば、それだけで命を落としかねない相手だ。


レオンは咄嗟に身構えたが、腰に剣はない。足がすくみそうになったその時、リコが穏やかに言った。


「大丈夫よ。嫌なら近づかない子だから」


コロは牙を見せるどころか、レオンの目の前でコロンと仰向けになった。


前足で顔を隠すように丸まり、腹を見せる。それは、レオンが知る「凶暴な魔物」とは正反対の、あまりに無防備な姿だった。


レオンは恐る恐る、その腹の毛に指先を触れた。


「……っ」


驚くほど柔らかく、絹のような毛並み。手のひらを通じて、一定の拍動で上下する腹の動きと、生きている生き物の温かさが伝わってくる。


その温もりは、レオンが信じてきた「討伐対象」という言葉に、小さな、しかし確かなひびを入れた。


レオンは、剣を握る手とは別の感覚で、目の前の「命」の重さを知ってしまったのだ。


***


【施設管理カルテ】

人的管理:職人ガルド一家……保護区内への移転を正式受理。居住兼工房区画の建設準備を開始。

技術人員:ロッカおよび石工班……段階的な常駐(作業場新設および弟子の移住)について合意。建築・インフラ保守の即応体制を構築する。

患者経過(人間):レオン(冒険者)……回復期リハビリテーションを継続。歩行訓練中、保護区内魔物との直接接触により、魔物に対する「討伐対象」としての固定観念に揺らぎが生じていることを確認。認識の順化を継続観察する。

施設拡張:新区画除染……本日、工房建設予定地の除染を実施。「土地再生手順」を適用し、建設可能な安全地帯を確保。

試験農園:播種より数日を経て、野菜の初発芽を確認。保護区内の土壌・水質が初期生育に耐えうることを確認。

特記事項:保護区は、魔物の治療のみならず、人間側の「討伐の常識」に揺らぎを生じさせる、心理的順化の場としても機能し始めている。

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