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魔物は討伐しません、診察します〜転生獣医のもふもふサファリパーク開拓記〜  作者: あおにし
第2部 夜魔族ノクシア

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第38話 保護区は土から作り直します

いつも応援ありがとうございます!お楽しみください!

翌朝、俺は真っ先に魔物用の隔離処置室へと向かった。


そこには、昨日保護したばかりのサンダーラビットが、鎮静の効果が薄れ始め、小さな体をごわつかせながら震えていた。耳はまだ伏せられている。けれど、昨日より呼吸は浅くない。


「……おはよう。まだ、怖いよな」


俺は声を低くし、できるだけ柔らかく話しかけた。


「そういえば、お前に名前を付けていなかったな。雷を出すから……ライにするか」


「相変わらずひねりのない名前なのだ。……でも、ライって短くて呼びやすいかも」


リコがぽつりと言った。その言葉を聞いたように、サンダーラビットの耳がぴくりと動いた。毛先に、ほんの小さな青白い火花が散る。


俺はカルテの患者名欄に、こう書き加えた。


サンダーラビット、個体名ライ。

瘴気中毒に伴う感覚過敏および反射性放電。低刺激環境で経過観察。


俺はライに刺激を与えないよう慎重に距離を取り、『絶対診察眼』を起動した。


透過図に映る脳の前方――感覚刺激への反応を抑える領域の近くには、依然としてどろりとした瘴気の影が濃く居座っている。


耳を伏せ、微かな足音にも敏感に反応してはバチバチと火花を散らすその姿は、攻撃ではなく、過敏になった神経が上げる悲鳴そのものだった。


(無理に放電を抑え込むのは、この子にとって負担が大きすぎる……)


処置室の石床に青白い雷撃が走り、焦げた匂いが鼻を突く。


その光景を見ながら、俺の頭にある考えが浮かんだ。


この反射的に漏れ出してしまうエネルギーを、患者に害がない形で安全に逃がし、その余剰をどこかへ受け止めることができればどうだろうか。


もちろん、治療が最優先だ。けれど、逃がした力をただ散らすのではなく、受け止められる器があれば、将来の保護区内の照明や動力に転用できるかもしれない。


俺は、工学の専門家であるガルドに相談することを心に決めた。


***


続いて、新棟の人間用病室へ足を運ぶ。


そこではエーリスが、ベッドに横たわるレオンのバイタルチェックを行っていた。


「経過は良好ですが、電撃による神経への負担がまだ残っています。レオンさん、あと数日はここで安静にしていただきますわよ」


エーリスが厳しく告げると、レオンは力なく頷いた。


そこへ、兄を心配してルミナ村からやってきた妹のサラが部屋に入ってきた。


「兄さん。具合はどう?」


「ああ、サラ。エーリスさんに診てもらって、だいぶ良くなった。でも、数日は入院しなきゃならないみたいだ」


「でも、命に別状がなくてよかった」


「……でもな。俺はやっぱり戦力外なんだよな。サンダーラビットも討伐できない。モルガナさんの見立て通りだった……」


サラはレオンを見つめた。


「……兄さん、落ち込むのは勝手だけどさ。生きてるんだから、またやり直せばいいじゃない。ワタル先生に命を拾われたんでしょ。だったら、その分くらい考えなよ」


修行で鍛えられたサラの言葉は鋭かったが、その瞳には兄を案じる色が滲んでいた。


「……ああ。情けねえな、俺……」


レオンは自分の未熟さを噛みしめるように呟いた。


彼が自らの「プライド」ではなく「命」の重さを自覚し始めたのは、回復への確かな一歩だった。


***


昼食時、ダイニングの食卓にはいつもの賑やかさが欠けていた。


農家マルタが負傷したことで、毎日のように届いていた瑞々しい野菜が途絶えてしまったからだ。


「干し肉と備蓄のジャガイモだけじゃ、エーリスさんの魔力回復も遅れてしまうのだ……。帳簿上の備蓄も、このままじゃ心許ない」


会計担当のリコが、困り顔で献立を組み替えている。


エーリスから午後にマルタの治療を行うと聞き、俺もその場にいさせてほしいとお願いした。


昨日、彼女が漏らした「土の味が変わった」「根の下に瘴気が戻ってきている」という言葉が、環境管理者としてどうしても気にかかっていたのだ。


午後の診察室。


マルタはトーマと一緒にやってきた。マルタの手は、エーリスの魔法によって腫れこそ引いていたが、まだ思うように動かせない状態だった。


「手は治るかもしれない。でもね、先生、本当に怖いのは畑なんだよ。土が病んだら、畑は戻らない。代々守ってきたあの場所が、じわじわと瘴気に食われていくのを、私はただ見てることしかできないのかい……」


土を舐めて大地の不調を診る「専門家」としての、それは魂が削れるような悲鳴だった。


「村長には改めて報告します。その上で、マルタさん。もしよかったら、この保護区の中に『試験農園』を作りませんか?」


俺の提案に、その場の全員が顔を上げた。


「ここはプルたちが除染を進めていて、土の状態は非常に安定しています。水も浄化しているので、農業にはうってつけだと思います。マルタさんに、ここで土を診てほしいんです。うまくいけば、診療所の野菜だけでなく、コロたちの餌になる飼料も自給できるはずです」


マルタの瞳に、微かな希望の光が宿る。


「……あたしの土を見る目が、まだ役に立つって言うのかい?」


「マルタ、やってみよう。俺が耕す。お前は土を見てくれ」


付き添っていた夫のトーマが力強く頷いた。


患者を治すには、病室だけでは足りない。食べるものを育てる「土」もまた、治さなければならない。


診療所が「治す場所」から、食べ物と土まで支える保護区へと広がり始める――そんな予感に満ちた、新しい一歩だった。


【施設管理カルテ】

患者経過(魔物):サンダーラビット(個体名:ライ)。瘴気中毒に伴う感覚過敏および反射性放電を確認。脳前方領域に瘴気反応。低刺激環境での長期加療へ移行。

患者経過(人間):レオン。電撃による神経ショック。人間用病室にて数日間の経過観察を継続。

患者経過(協力者):マルタ。右手首の神経炎症および運動障害。治癒魔法と安静による経過観察。

施設拡張:保護区内の浄化済みエリアに「試験農園区画」を設置予定。野菜供給の安定化、および患者用飼料の自給体制を検討。

研究開発メモ:ライの反射性放電を安全に逃がすため、非接触導電・蓄魔機構についてガルドと協議予定。

特記事項:保護区の維持には、治療施設だけでなく、土壌・食糧・飼料を含む生産基盤の整備が必要である。

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