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魔物は討伐しません、診察します〜転生獣医のもふもふサファリパーク開拓記〜  作者: あおにし
第2部 夜魔族ノクシア

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第32話 治療を続けるには利益が必要です

いつも応援ありがとうございます!お楽しみください!

古い家畜小屋の隔離処置室に、ガルドが重い金属音を響かせて新しい装置を運び込んできた。


「待たせたな、ワタル。こいつが試作型の『高濃度浄化液培養槽』だ」


運び込まれたのは、使い古されたドラム缶ほどのサイズの円筒形タンクだった。これまでの2000リットルタンクが「広げるための腹」なら、これは「濃く育てるための腹」だ。


「魔力共鳴の回路は、2000リットルの方とは逆に、中心へ集中するように組んである。プルたちの浄化成分をここに入れ、魔法で共振させるんだ。……ただし、ワタル。これを開けるのは、投入してから丸一日、24時間経ってからにしろ。濃縮された浄化作用が液全体に馴染むには、それだけの時間がかかる」


「24時間……。分かりました。時間はかかっても、プルたちに頼るような体制から脱却できるなら安いものです」


俺はガルドの助言をカルテに書き留めた。


プルたちは毎日、疲れを癒やすために温浴する。その湯には、彼らの体から自然に溶け出した浄化成分がわずかに残る。


これまでは、その少量の温浴水を、そのまま貴重な浄化液として使っていた。だが、これからは違う。培養槽でその性質を育て、必要量まで増やす。


これで、プルたちの体から出たものを毎回そのまま使うのではなく、設備の中で育ててから使う形に変えられる。


***


装置の試運転を見守った後、俺は入院患者たちの検診に向かった。


屋外療養区画(ドッグラン)では、ウィンドウルフのコロが三歩走るごとに一度休み、しっかりと土を踏みしめていた。


フォレストキャットのリーフも、かつての自傷衝動はどこへやら、ふかふかの土の上で満足げに毛づくろいをしている。


隔離処置室のハニーベアにも、はっきりとした変化が出ていた。以前のように鼻を石床に擦りつける自傷行動が、目に見えて少なくなっている。


(――『絶対診察眼』)


透過図で見ると、副鼻腔の奥にへばりついていた真っ黒な瘴気の影が、度重なる洗浄によって明らかに薄まり、正常な粘膜が再生し始めていた。


「鼻の通りが良くなっているな……。ハニー、もう少しだぞ」


呼吸音は以前より細く、澄んだ音に変わっている。着実に「命」が回復している手応えがあった。


***


午後は、リコと共に村の冒険者ギルドへ向かった。


建築の進む新しい診療所の骨組みを横目に歩く。ロッカたちの手により、ただの小屋だった場所が、医療施設へと姿を変えつつある。


ギルドへ着くと、ギルドマスターのモルガナが、俺たちを奥のカウンターへと招いた。


「はいよ、ワタル、リコ。今月のフィルター納品分の利益だよ」


差し出された銀貨の袋を、リコが即座に受け取って中身を確認する。だが、その瞳に浮かんだのは安堵ではなく、険しい翳だった。


「……少ない。先月よりも落ちているのだ」


「ああ。村の連中で必要な奴には、もう大体行き渡ったからね。新規の需要が一段落したのさ」


モルガナの言葉は冷徹な事実だった。マスクの需要は一巡し、利益は「爆発的な稼ぎ」から「微々たる維持費」へと移行し始めている。


一方で、診療所の運営費は膨らむ一方だ。エーリスの常駐に伴う食費や備品代、増築にかかる諸経費、そしてハニーたちの餌代。


「命を救うには善意だけでは足りない……か。リコ、新しい収益源を考えないといけないな」


「それと、エーリスさんの食事についても。新鮮な野菜の仕入れ先を知りたいのだ」


リコの言葉に、モルガナがニヤリと笑った。


「それなら、村の外れで農業をやってるマルタを訪ねな。あいつの作る野菜は、この界隈じゃ一番だ。ただ、少し癖のある女だよ」


***


俺たちはモルガナに教えられ、村の外れの農家を訪ねた。


家の前では、夫のトーマが農具の手入れをしていた。事情を話すと、彼は「妻は畑だ」と案内してくれた。


村を出てしばらく歩くと、広大な畑の真ん中で、一人の中年女性が屈み込んでいた。


彼女が指で土をつまみ、そのまま舌の上に乗せるのを見て、俺は思わず声を上げた。


「……土を、舐めているんですか?」


「酸っぱいね。瘴気が少し戻ってる。……このままじゃ、来年は畑を少し休ませることになるかもしれないね。……あんたが、魔物を診るっていう医者かい?」


マルタは立ち上がり、指についた土を払った。


「土は口に入れりゃ分かる。大地が何を欲しがっているか、医者が脈を見るのと同じだよ」


その言葉に、俺はプロの重みを感じた。彼女は「土を診る」専門家なのだ。


「新鮮な野菜を定期的に納めてほしいんです」


「どれくらいだい?」


「とりあえずは三人分くらいの量が、継続してあると助かります」


「量は出せる。ただし、毎日取りに来いとは言わないよ。そんな暇があるなら患者を診な。野菜は週二回、ギルド便に載せる。受け取ったら、その日のうちに傷んだ葉を分けな。食べ物を粗末にする奴とは取引しない」


リコはすぐに帳簿を開いた。


「週二回のギルド便、支払いはギルド経由で月締め。傷みやすい葉物から先に使うように、献立も組み直すのだ」


「へえ。小さいのに、ちゃんと台所の先まで見てるじゃないか。支払いもギルド経由なら安心だね」


マルタは初めて、少しだけ口元を緩めた。


これで、魔法、工学、医療に続き、「食糧供給」という重要なライフラインが整った。


***


その夜。


家畜小屋に戻った俺とリコは、質素な夕食を囲みながら帳簿を広げた。ランプの灯りに照らされた数字は、相変わらず厳しい。


「施設が大きくなって、救える命は増えた。……でも、このままじゃ診療所が完成する前に、私たちの財布が底をつくわ。ギルドへの借金も残ってる」


リコが重い溜息をつく。インフラが整えば整うほど、その「維持」という現実が重くのしかかってくる。


「何とかして、継続的な利益を上げられる仕組みを作らないとな……」


【施設管理カルテ】

新設設備:高濃度浄化液培養槽の試作機を設置。24時間熟成手順を適用。

患者経過:ハニーベア、鼻腔洗浄継続により自傷行動が減少。瘴気反応の薄まりを確認。

財務状況:マスク利益の減少を確認。固定費(食料・消耗品)増大。新規収益源の確保が急務。

物資調達:農家マルタと野菜供給契約を締結。週二回、ギルド便による納品。支払いはギルド経由の月締め。

特記事項:診療所の維持には、治療技術だけでなく、継続的な利益と物資供給が不可欠である。


***


ワタルとリコの会話を、私は闇の中で聞いていた。


『防疫拠点』として拡大するこの組織には、経済的脆弱性がある。物資を止めれば、この場所は崩れる。


報告書に書くべき弱点を、見つけてしまった。けれど、筆が進まない。


快方に向かう魔物たちの寝息が、夜の診療所から静かに漏れていた。


私は暗闇の中で、ただ下を向いた。

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