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魔物は討伐しません、診察します〜転生獣医のもふもふサファリパーク開拓記〜  作者: あおにし
第2部 夜魔族ノクシア

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第31話 診療所には部屋も必要です

いつも応援ありがとうございます!お楽しみください!

ハニーベアの初回処置から一夜明けた。


井戸脇では、石工棟梁のロッカが弟子たちを引き連れ、昨日仮置きした巨大な2000リットルタンクの下に、強固な石の土台を築く作業に追われていた。


「よし、これで2トンの水が満ちても、管が歪むことはないよ」


ロッカが満足げに汗を拭った。俺はその横で、今日のハニーベアの処置について切り出した。


「ロッカさん。今日もハニーの鼻腔洗浄をしたいんですが……またお弟子さんたちの力を借りてもいいでしょうか?」


ハニーベアの巨体を、昨日新設した石の処置台へ乗せるには、どうしても大人の男が数人は必要だった。


「ああ、いいよ」


その日の処置は、昨日と同じようにロッカの弟子たちの力を借りて行った。何とか終えることはできたが、弟子たちの肩にも腕にも、はっきり疲労が出ていた。ハニーベアの治療を終えて、ロッカの弟子たちに元の場所に戻してもらった。


「ロッカさん。ありがとうございました」


ロッカは少し考え、腕組みをして俺を見た。


「今日はアタイらがここにいるから手伝ってやれる。だけどね、ワタル先生。アタイら職人も暇じゃない。毎日弟子を連れてくるわけにはいかないよ。……体制を考えな。誰かの根性に頼らないのが、この場所の流儀なんだろう?」


ロッカの指摘はもっともだった。だが、俺とリコ、そして治癒士のエーリスだけでは、どれほど気合を入れてもハニーベアを持ち上げるのは物理的に不可能だ。


「……どうしましょうか、ワタル」


リコが困り顔で俺を見た。その時、彼女が何かを思い出したようにポンと手を打った。


「重いものを運ぶならうってつけの人がいるのだ。『村を守る動く防波堤』」


「キャスパーさんか!」


俺たちはすぐに、村の正門に立つキャスパーのもとへ向かった。


「なるほど。この俺の力がどうしても必要ということだな」


「はい。ハニーベアはなかなか重いので、俺とリコとエーリスさんでは持ち上げるのが難しいのです」


「エーリス様が……。俺に任せろ。そういった仕事は門番である俺の領分だ!」


「ありがとうございます。ちなみに、腰はよくなりましたか?」


「ああ、あんなのはかすり傷と同じだ。今は問題ない」


「わかりました。では翌朝お願いします」


帰り道、歩きながらリコが言った。


「本当にあいつの腰、よくなったのか? だいぶ大きい音を鳴らしていたのだ」


「安静にしていてよくなったんじゃないかな」


俺は『絶対診察眼』でキャスパーの腰を確認していた。腰の炎症は収まっていた。しかし無理をさせると再発するかもしれない。


「まあ、再発させないように、気を付けないとな」


「でも、あいつ。エーリスさんがいると異様に張り切るのだ」


リコが呆れたように笑った。


***


翌朝。


「あら、キャスパーさんが手伝ってくれることになったのですか? 非常に心強いです」


キャスパーがいることに気づき、エーリスが言った。


キャスパーは満面の笑みを浮かべて胸を張った。


「ワタルがどうしても俺の力が必要だというので、時間のやりくりをしてやってきました。重い物の作業と言えば、このキャスパーに任せてください」


「そうですね。信頼しています。よろしくお願いします」


その言葉を聞き、キャスパーは準備運動を力強く行った。


エーリスがハニーベアに『魔力鎮静』を施し、暴れない程度に意識を落ち着かせるのを待って、俺たちは持ち場についた。


「よし、キャスパーさん。二人で処置台に乗せましょう」


俺とキャスパーの二人で、ハニーの体を持ち上げようとする。


だが、絶望的な重みが腕にのしかかった。キャスパーの顔面がみるみる紅潮し、俺の腕も限界に近い。


「……ま、待ってください。一旦、下ろしましょう」


俺は荒い息を吐きながら、ハニーの体と、石の処置台、そしてターゲットである「鼻先」の位置をじっと見比べた。


「キャスパーさん。俺たちは今、何を洗おうとしているんでしたっけ」


「……は、鼻だろ?」


キャスパーが膝に手をつき、肩で息をしながら答える。


「そうです。鼻です。……全身を処置台に乗せる必要なんて、最初からなかったんだ」


俺とキャスパーは、半ば眠ったハニーの両脇を支え、前肢を少しずつずらしながら、処置台のそばまで誘導した。


「これで鼻を洗うことができます。キャスパーさんは、ハニーが動かないようにしっかり固定してください」


「つまり、俺は持ち上げる係じゃなくて、動かしすぎない係ということか」


「はい。大型個体の処置では、それが一番大事です」


キャスパーは少し考え、それから胸を張った。


「任せとけ。俺が岩のように動かさないでおいてやる」


ちょうど建築の打ち合わせに訪れたロッカが、俺たちを見ていった。


「ワタル。昨日言ったことを早速工夫してやってるね。気づいたなら上出来だよ」


ロッカがニヤリと笑った。


「そういう工夫なら、アタイも乗った。次に作るのは体を丸ごと載せる台じゃない。頭を支える台と、顎を受ける石、それに鼻の下に切った排水溝だね。それが『診察室』の形になる」


「それをアンカー付近に作ってもらえれば、移動させずに済みます」


「そうだね。そうすりゃ、みんな楽になる。あとで寸法を取り直すよ」


ハニーの治療が終わると、俺とキャスパーは半ば眠ったハニーの体を支え、前肢を少しずつ戻しながら、アンカーの位置へ誘導した。


「なあ、ワタル。明日からも俺が来た方がいいかな? 支える係は必要だろ?」


「キャスパーさん、来ていただけると助かります。ありがとうございます」


「いいって。俺もみんなの役に立ちたいからさ」


キャスパーはそう言って鼻を鳴らした。


***


処置を終えた後、ロッカを交えて今後の増築についての話し合いが始まった。


村長ゴランから許可のあった「ワタルの部屋、リコの部屋、そして診察室」の具体的な設計だ。キャスパーも流れでその場に同席していた。


「診察室は石床にするとして、リコさんの部屋は少し広めに取っておくよ」


ロッカが図面を広げていると、エーリスが静かに、しかし決然と手を挙げた。


「ロッカさん。……でしたら、わたくしの部屋も一つ作っていただけませんか」


「……えっ?」


キャスパーのコップを持つ手が止まった。


「ハニーさんの夜間の管理や魔法回路の点検を考えると、村から往復するのはかえって非効率です。それに、ここの清涼な空気に包まれていると、わたくしの魔力の回復が早いのを前から感じていました。無理をするためではありません。無理をしないために、ここにいる必要があるのです」


その瞬間、キャスパーの顔面が激しく引き攣った。


「常駐!? ちょ、ちょっと待ってくださいエーリス様! ということは、ワタルと……ワタルと毎日、夜も一つ屋根の下で過ごすということですか!?」


「ええ、そうですわ。リコさんも一緒ですし、とても効率的でしょう?」


「効率とかそういう問題じゃない! 門番の俺が村で一人、門を監視しているというのに、こいつは……このヒョロヒョロの医者はっ……! そうだ。心配ですから、毎日夜間のパトロールを行いますね」


リコがジトっとキャスパーを見つめた。


「何についてのパトロールなんだか」


「エーリスさん。エーリスさんが常駐するとなると、普段村でやっている人間相手の治療もここでやることになりますよね?」


俺はエーリスに確認した。


「そうですわね。ロッカさん。わたくしの診察室も作っていただけるかしら?」


「そうすると、入院患者の病室とかもあった方がいいよね。いっそ、別の建物を建てたほうがよさそうだな」


「そうしていただけると助かります。俺の患者については、今の処置室を生かして人間の治療部分と少し離した場所で診察できた方がいいので」


「そうだね。魔物の診察は、今の家畜小屋を改修して使うのがいい。石床も排水も、もう入ってるからね。大型の子を連れてくるなら、外から直接入れる方が安全だ」


ロッカは図面の横に、もう一枚線を引いた。


「人間用の診察室と病室は、新しく建てる。居住区は2階だ。水場と台所は共用。夜間に呼ばれても、すぐ下りられるように階段は診察室側へ寄せる」


「そうしていただけると助かります。でも、そんなに大掛かりに建築して支払いができるかどうか……」


「お金については、心配しすぎなくていいよ。村長が、建物本体と診察室、病室、水回り、排水設備までは村で持つって言っていたからね。アルノも、井戸と排水に関わる以上、村の施設として扱うべきだって記録に残したそうだよ」


「建物全体を、ですか?」


「そりゃそうだろう。ここはもう、ワタル先生たちの寝床ってだけじゃない。村の病人も診るし、瘴気に関わる魔物も隔離する。村の水と土を守る施設でもあるんだ。村が金を出す理由は十分あるよ」


「ただし、個人で使う家具や寝具、細かい備品までは別だよ」


話を聞いていたリコは帳簿を広げると、ペンを走らせ始めた。


「エーリスさんが住んで、病院機能を付けるなら、今のままじゃ不十分なのだ。……干し肉と卵だけで治癒士の仕事は支えられない。村から新鮮な野菜を定期的に仕入れるルートを確保しないと。夜の記録作業に疲れない質のいい照明油も要るし、冬の冷え込みを防ぐ厚手のカーテンも必要……」


リコが費用を削るのではなく、エーリスが健やかに働ける環境を作るために「何を増やすべきか」を必死に計算している。その姿を見て、俺はここが「チーム」になったことを実感していた。


窓の外では、プルとプルツーが澄んだ空気を送り届けている。石の器、水の循環、そして人の生活を支える予算。それらが一つにまとまり、ただの家畜小屋から、名実ともに診療所へと変わっていくのを、俺は確かな手応えと共に確信していた。


【施設管理カルテ】

処置手順変更:大型個体の全身搬送を廃止。頭部固定による局所処置および低床排水方式への移行を決定。

施設改修:旧家畜小屋を魔物用診察区画へ改修。村費により、人間用診察室、病室、居住区を備えた新築棟を設計。2000リットル級タンクの本格土台設置完了。

費用区分:建物本体、診察室、病室、水回り、排水設備は村費負担。個人用家具、寝具、私物備品は各自または保護区負担。

人員配置:治癒士エーリスの常駐を受理。夜間観察、魔法回路保守体制を確立。搬送補助および外周警備協力者としてキャスパーの参加を確認。

運営管理:助手リコにより、常駐者用の食料、燃料、照明油の必要量を再計算。治癒士の魔力回復と睡眠環境を優先項目とする。

特記事項:診療所の維持には、患者だけでなく、働く者の生活環境も管理対象となる。

次工程:診察室および居住区の増築開始。

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