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魔物は討伐しません、診察します〜転生獣医のもふもふサファリパーク開拓記〜  作者: あおにし
第1部 ルミナ村保護区開設

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第3話 診察には、まず信頼関係が必要です

「いつも応援ありがとうございます!お楽しみください!」

「……勝手にすれば……いいのだ……」


そう言い捨てて、彼女は立ち上がろうとした。しかし、数歩も歩かないうちに足がもつれ、その場にへたり込んでしまう。出血と瘴気によるダメージは、少し休んだ程度で回復するものではない。


俺は無理に止めず、少し離れた位置から彼女を観察した。そして『往診バッグ』から取り出した清潔な容器に水を入れ、彼女の手が届く場所へそっと置いた。


「逃げたいなら止めないが、今は無理だ。せめて水分をとれ」


彼女は警戒した目で、俺と水を交互に見ている。そこへ、足元にいたプルがぽいんぽいんと跳ねていき、彼女のそばに寄った。


「ッ……!」


彼女は身をすくませたが、プルは傷口に触れるでもなく、ただ彼女の周囲の澱んだ空気をじゅうじゅうと浄化し始めた。プルのひんやりとした気配と、肺を満たす澄んだ空気に、彼女の強張っていた肩の力が少しだけ抜ける。


(……動物相手と同じだ。まずは『危害を加えない、安全な存在』だと認識してもらうところからだな)


俺はそれ以上距離を詰めず、ただ見守った。


彼女は震える手で容器を引き寄せ、鼻を近づけ慎重に匂いを嗅いだ。


「匂いを嗅いでいい。毒は入っていない。ただの水だ」


彼女は俺を見て、再び水の匂いを嗅いだ。やがて、一気に飲み干した。


「……なんで」


乾いた唇を拭いながら、彼女がぽつりと呟いた。


「ここは『瘴気の森』……普通の人間なら、息をするだけで肺が焼かれて死ぬ。なのに、どうして平気なのだ?」


なるほど。昨日の朝、畑のそばにいた男が、息苦しそうな分厚いマスクをしていたのはそういうことか。


俺はプルを指差した。


「この子が、俺の周りの瘴気を浄化してくれているらしい。俺自身も、君が咳き込むのを見るまで、ここがそんな危険な場所だと気づいていなかった」


「スライムが、瘴気を食べる……? そんな話、聞いたことがないのだ」


彼女は信じられないというようにプルを見つめた。そして、少しだけ視線を下げて、小さく口を開いた。


「……リコ」


「え?」


「私の名前。……リコ」


しぶしぶといった様子だが、名前を教えてくれた。それだけでも、大きな前進だった。


「リコ、か。よろしくな。俺はワタル。……それで、君はどうしてこんな危険な森に?」


俺の問いに、リコの耳がぴくりと警戒に伏せられた。


「……人間は、魔物を殺す。そして、私たち獣人は『金』になる。だから狩られる」


その言葉の裏にある悲惨な現実が、痛いほど伝わってきた。


「ここは村の人間も近づかない猛毒の森だから、逃げ込めば追ってこられないと思ったのだ……」


でも、自分も瘴気にやられて倒れてしまった、ということか。


「なるほど、状況は分かった」


俺は立ち上がり、パンパンとズボンの土を払った。


「君の傷はまだふさがっていないし、栄養状態も最悪だ。安全だとわかった以上、まずは食料を確保しないと……」


グゥゥゥゥ……。俺のお腹の音が、静かな森に響き渡った。


「……あー、俺も腹ペコだった」


リコがぽかんとした顔をした後、呆れたように小さくため息をついた。張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。


「さてと、少しは休めたか? 俺は周辺を少し探って、食べられそうなものか――」


俺が立ち上がろうとした、その時だった。


ガサッ、バキバキッ!


静寂に包まれていた森の奥から、無遠慮に草木を踏みにじるような重い足音が響いた。一つではない。複数の足音だ。風が変わり、澱んだ瘴気の匂いとは違う、獣の脂と汗、そして錆びた鉄の臭いが鼻腔を突いた。


「チッ、こんな気味の悪い森の奥まで逃げ込みやがって……! おい、血痕が続いてるぞ! 近い!」


「見つけたらただじゃおかねえ!」


「殺すなよ。銀狼の娘は高く売れる。傷が増えたら値が落ちる」


「だったら逃げられねえように脚だけ潰しゃいいだろ」


「馬鹿。瘴気を吸わせすぎるな。肺をやった商品は値が落ちる」


その下品な怒声を聞いた瞬間、リコの全身がビクンと跳ねた。耳と尻尾が恐怖でペタリと張り付き、鼻先が小さく震える。


「……この匂い、知ってるのだ……」


ガチガチと歯を鳴らし、小刻みに震え始めるリコ。


茂みを掻き分けて現れたのは、三人の男たちだった。手には血の汚れがこびりついた剣や無骨な棍棒を握り、ひどく使い込まれた革鎧を着込んでいる。


畑のそばにいた男と同じように、彼らも顔の半分を分厚い革のマスクで覆い、手には手袋をはめていた。それでこの森の瘴気を防いでいるつもりなのだろう。実際、短時間なら効果はあるらしい。


「おっ、いたぜ! あの銀狼の娘だ。逃げた商品に間違いねえ!」


男の一人が下卑た笑いを浮かべ、リコを指差した。


「……ん? なんだあのヒョロっちい男は。あの獣人のツレか? それになんだ、あの気味の悪いゼリーみたいなのは」


男たちの視線が、リコを庇うように前に立った俺と、足元で呑気にぽいんぽいん跳ねているプルに向けられる。背後で、リコが息を呑む気配がした。


「おい、そこのお前。その獣人は俺たちの逃げた『商品』だ。痛い目を見たくなかったら、さっさとそこをどいて引き渡しな」


「……」


(なるほど、こいつらがリコをこんな目に遭わせた張本人か。獣人を『商品』と呼ぶ奴隷商人……)


脚を潰す。肺をやる。値が落ちる。

こいつらの言葉の中には、どこにも「生き物」がいなかった。


怒りがふつふつと湧き上がる。だが、相手は武装した三人組。こちらは武器一つない丸腰の獣医と、重傷の獣人と、スライム一匹だ。まともにやり合えば勝ち目はない。


俺に武器はない。だが、診察したから分かることがある。


この森の瘴気は、短時間なら革のマスクでしのげる。けれど、吸い込み続ければ肺を焼く。そして、プルはその瘴気を浄化できる。


「おい、無視してんじゃねえぞ! ぶっ殺されてえのか!」


リーダー格の男が剣を抜き、一歩踏み出してきた。

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