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魔物は討伐しません、診察します〜転生獣医のもふもふサファリパーク開拓記〜  作者: あおにし
第1部 ルミナ村保護区開設

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第4話 返り血を浴びる覚悟があるなら、どうぞ斬ってください

「いつも応援ありがとうございます!お楽しみください!」

殺気に満ちた刃先が向けられる。だが、俺は一歩も引かなかった。俺は男たちを見据え、意識を集中した。


(――『絶対診察眼』)


念じた瞬間、俺の視界にオーバーレイするように、男たちのステータスと状態異常が可視化された。


『状態異常:軽度の気道炎症』

『兆候:呼吸数上昇、手指の震え、発汗』


俺はさらに、男たちの顔を覆う革のマスクと、手袋の隙間を観察した。分厚いが、鼻の脇も顎の下も密閉されていない。手袋の袖口も開いている。あれで、この森の瘴気を防いでいるつもりらしい。


なるほど。ステータスの兆候や強張った動きから見て、彼らは威勢よく吠えているが、内心ではこの森を極度に恐れていることがわかる。


しかも、防護の知識が甘いせいで、すでに微量の瘴気を吸い込んで気道が炎症を起こし始めている。


けれど、何をどう恐れるべきか。正しい防護の仕方までは分かっていない。それなら、やりようはある。


俺はゆっくりと往診バッグを開け、サージカルマスクと青いニトリル手袋を取り出した。こちらの装備も、本来は瘴気を防ぐための完全な防護服ではない。


だが、この世界の彼らから見れば「隙間なく肌を覆う、得体の知れない医療装備」に見えるはずだ。


手袋をはめ、口元を覆う。最後に、青いゴム手袋をパチンと鳴らした。


さっきリコが苦しんでいた咳を思い出し、喉を潰すように咳き込んでみせた。獣医として何度も聞いてきた、肺をやられた動物の呼吸音。それに少しだけ似せる。


「ゴホォッ! ゲホッ、ゲホッ……ヒュー……ッ」


「……あ? なんだお前、病気か?」


俺の異様な態度に、男が怪訝な顔をしてピタリと足を止めた。俺は苦しげに胸を押さえながら、低く掠れた声で答える。


「ゲホッ……ええ。当然、私は『医者』として完全な防護をしているのですが……それでも防ぎきれないほど、この森の『汚染』は強力らしい」


「お、汚染……? 防護だと?」


「このスライムを見てください」


俺は足元を指差した。プルは何も知らず、じゅうじゅうと黒い汚染を食べている。


「黒い汚染を取り込んでいます。普通の生き物なら、触れただけでただれかねない濃度です」


「な、何が言いてえ……」


「逆に言えば、それほど危険なものが彼女の血と傷口に混じっている。斬れば飛びます。剣にも付きます。あなた方のその革手袋とマスクでは、目も口も完全には守れない」


俺はわざと咳き込んだ。


「先ほどから、喉に違和感がありませんか?」


俺の言葉による心理的な思い込みと、実際にマスクの隙間から吸い込んだ微量の瘴気による炎症。一人の男が、反射的に喉を押さえて咳き込んだ。


「ああ、もう初期症状が始まっていますね。この黒い汚染は、粘膜や血液からあっという間に入り込みます」


男たちの顔色が一気に土気色に変わった。


「返り血を浴びる覚悟があるなら、どうぞ斬ってください」


俺は静かに言った。


「医者としては、絶対に勧めませんが」


こいつらを斬れば、自分も汚染される。その生理的な恐怖は、刃物で脅されるよりも遥かに彼らの心を抉った。


「ひぃぃっ!?寄るな!! こいつら、マジでヤバい汚染を持ってやがる……ッ!!」


「そ、そんな欠陥品も、そのバケモノも、もう俺の商品じゃねえ! 勝手に処分しやがれ!!」


欠陥品。その言葉に、背後のリコの息が一瞬だけ止まった。


男たちは剣を取り落としそうな勢いで、悲鳴を上げながら来た道を転がるように逃げ戻っていった。


草木をかき分ける音が完全に消え、森に再び静寂が戻るまで、俺は立ち尽くしていた。


「……ふぅ。行ったか」


俺はサージカルマスクを外し、大きく深呼吸をした。プルの浄化圏内の空気は、相変わらず澄んでいて、肺に引っかかるものがなかった。


「コホン。……ただ森の乾燥と埃のせいで、少し喉がいがいがしただけなんだけどね。まあ、汚染物質は血液や粘膜からも入る可能性があるのは本当だ。血を流させるのをためらわせるには、十分なハッタリだったな」


俺が独り言のように呟くと、背後から呆れたような、しかしどこか弾んだ声が聞こえた。


「……お前、性格悪いのだ」


振り返ると、リコが目を丸くして俺を見ていた。その瞳からは、先ほどまでの刺すような恐怖が、少しだけ薄れていた。


「性格が悪いのは否定しないが、獣医師の知恵と言ってほしいな。血を見ずに済むならそれに越したことはない」


「それに……プルはただ、朝ごはん食べてただけだし」


俺がそう言って足元でぷるぷる揺れるスライムを見ると、リコは小さく吹き出した。


「ふふっ……あははっ! あいつら、ただのスライムに怯えて逃げていった! 傑作なのだ!」


腹を抱えて笑う彼女を見て、俺は安堵の息を漏らした。尻尾も楽しそうに揺れている。


警戒心はまだ残っている。傷も、恐怖も、消えたわけじゃない。それでも、今の笑い声だけは、悪くない兆候に思えた。


俺は再び、頭の中でカルテを開いた。


【患者個別カルテ:リコ】

種名:狼獣人。

特記事項:初笑いを確認。警戒心、わずかに低下。経過観察を継続。

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