第29話 水が回るまで待ちます
いつも応援ありがとうございます!お楽しみください!
試運転の朝、井戸脇には予想以上の人数が集まっていた。
ガルド、ロッカ、エーリス、リコ。村長ゴランだけでなく、記録板を抱えたミーナの父、アルノの姿もあった。
「父から、井戸の使用量を記録しておけと言われました。村の水筋に関わることですから」
アルノはそう言いながら、まだ少し緊張した顔で巨大なタンクを見上げた。
「井戸を使い、排水を扱う設備だ。村の水と土に関わる以上、私が見届ける」
ゴランは少し胸を張った。
「ここに来ると言ったら、ミーナもコロに会いたいからついてくると言い出して。引き留めるのに大変じゃった」
ゴランはそう言って微笑んだ。
「ミーナを助けてもらったことと、村の井戸を預かることは別です。だから、今日はきちんと数字を見ます」
アルノの言葉は硬かったが、敵意ではなかった。村を継ぐ者として、父ゴランの横で必死に役目を果たそうとしている声だった。
「では、第一回の試運転、始めます」
俺はまず、送水弁と吸水弁が閉じていることを確認した。プルとプルツーが俺の足元で弾んでいる。
空のタンクに、いきなり井戸水が流れ込むわけではない。先に中の空気を抜き、タンクの内側の圧を下げる必要がある。
「まずは呼び水ならぬ、呼び圧だな」
ガルドがタンクの側面を叩いた。
俺が一方向の排気弁を開くと、エーリスの『組織安定化』で気密を保たれた金属板が、低く震え始めた。
シュルル……シュル、シュル……。
タンクの中の空気が少しずつ抜けていく。ガルドの設計した「肺」が、まずは息を吐き出しているのだ。
「よし。吸水弁を開けろ」
ガルドの合図で、俺は井戸側の弁を開いた。
次の瞬間、鉄管の奥で水が走る音がした。
ごぼっ、こぽこぽこぽ……。
井戸から吸い上げられた水が、空だった共鳴タンクの底へ流れ込み始めた。
「うまく吸い上げられたぞ……」
水がタンクの底を覆い、共鳴板の振動が水面に触れた瞬間だった。
キィィィーーーーーーーン……!!
耳をつんざく高音が響き渡った。あまりの不快さに、俺は反射的に両手で耳をふさいだ。
リコは銀色の耳を両手で押さえ、隅でうずくまった。他の人たちもみな耳をふさいでいる。
「ワタル! 吸水弁を閉じろ! 共鳴も止めろ!」
ガルドが指示した。その時、その異音の高周波と共鳴したプルとプルツーが不規則に弾みだして、ガルドの足首にタックルした。
「痛っ! この鉄球スライムたちを止めてくれ!」
「えっ! 吸水弁とプルたちとどっちが先ですか?」
「どっちでもいい! 早くしろ!」
俺は吸水弁を閉じ、共鳴板の駆動を止めた。静かな空気が戻った。異音が止まり、プルたちも落ち着きを取り戻していた。
「ガルドさん、大丈夫ですか。……今の、原因は分かりますか?」
ガルドは足首を掴んで屈んでいた。
「ごめん。少し待ってくれ」
「わかりました」
見かねたエーリスが治療を行い、ガルドは立ち上がった。
「こんなひどい音を聞いたのは久しぶりじゃ……」
ゴランはタンクを見て呟いた。
「すみませんでした。安全確認が甘かったです」
「……ああ、タンクの共鳴を強くしすぎたな。調整するから少し待ってくれ」
2時間ほどタンクを調整したガルドが「できたぞ」と言った。
「では、改めて試運転を行います」
俺は手順を確認し、排気弁を開いてから吸水弁を開けた。
ジーーーーーーーー。
タンク全体が、耳の奥を震わせるような微細な振動を奏で始める。
「大丈夫そうだ」と俺は胸をなでおろした。
「毎回、起動するたびにあんな音がするなら、ここで生活できないと思ったのだ」
復活したリコがそう言って笑った。
「うん。安定している。ワタル、浄化液を入れろ」とガルドが指示した。
「わかりました」
俺は浄化液を入れた小さな陶器の壺を手にした。
プルとプルツーの温浴の後に残った浄化液が2リットルほど。初回だけは、どうしてもこれに頼るしかない。だからこそ、これを成功させ、次は培養槽で増やす必要があった。
タンクの小窓を開け、半分の一リットルを慎重に注ぎ込む。
ガルドが、誇らしげにタンクを叩く。
「村長。このタンクは水をただ溜めるんじゃなく、同じ流れを何度も芯へ戻す。水が勝手に回る『腹』が、浄化の性質を水全体に行き渡らせるのさ!」
「……理屈は半分も分かりません。ですが、村の井戸水を扱う以上、止める弁と、外へ流す前の確認だけは徹底してください」
アルノが記録板を抱え直し、硬い声で言った。ゴランは黙って頷いた。村長として息子の言葉を認めたのだ。
「とりあえず、浄化には時間がかかります。しばらく待機しましょう」
「ワタル、どれくらい?」とリコが聞いた。
「まずは、3時間後に集合ということにしましょう」
***
3時間後。
タンクのバルブをひねると、給水管から水が出てきた。
「透明だ。いけるか?」
俺は『絶対診察眼』で水を確認した。まだ瘴気が残っている。
「駄目か。早すぎた。もう3時間置きましょう」
***
さらに3時間後。
再度、透明な水を出し、『絶対診察眼』で確認する。
『判定:瘴気反応・陰性(清浄)』
「やった。少なくとも、6時間置けば清浄化できる」
俺はコップに分けて一口飲んだ。
「うまい」
「私にもちょうだい」とリコが言うので、コップに入れて渡した。
「うん。甘くておいしい」
ガルドも、タンクを見上げて満足げに頷いた。
「やったな、ワタル」
バケツを置いてバルブを全開にすると、給水管からかつてないほどの勢いで透明な水が溢れ出した。そして勢いよく水を出した分だけ、タンクの奥で再び吸気音が鳴った。
それはハニーベアを丸ごと洗い流せるほど、力強く、清らかな「流れ」に見えた。
「……すごい。これだけの水量を、これほど短時間で」
エーリスが、溢れる水の輝きに目を細める。
ロッカはタンクの足元にしゃがみ込み、石板の継ぎ目を指でなぞった。
「傾きはないね。水を満たしても、今のところ沈んでない。けど、これはあくまで仮置きだよ。本格的に使うなら、ちゃんと石の土台を組む」
「よし、大丈夫だ! 名付けて、『プルプル・ジャブジャブ給排水完全自動くん二号』!」
俺が自信満々に宣言すると、一瞬の静寂の後、リコが氷点下の眼差しで俺を射抜いた。
「……ねえ。その、絶望的にセンスのない名前はどうなの? プルにそのセンスを浄化してもらった方がいいのだ」
ガルドが苦笑いしながら、公式の名称を添えた。
「まあ、正式には『自動循環式・魔力共鳴浄化給排水槽』ってところだな」
その装置を見上げていたロッカが、ふと俺を振り返った。
「へぇ……。これだけの水を自動で回せるなら、ワタル先生。治療で温浴も可能になるんじゃないかい?」
リコがロッカの言葉に頷いた。
「湯浴みできるなら、あの子たちも助かるのだ」
何よりの成果は、窓際へ戻ったプルの姿だった。
膿の直接浄化という過酷な労働から解放され、プルは本来の役割である「窓際の空気浄化」に専念できるようになった。
透明な体の奥に浮かんでいた灰色の筋は、まだ完全には消えていない。それでも、今朝よりはずっと薄くなっていた。
俺はバルブを閉じて、バケツの水を再度『絶対診察眼』で確認した。
『判定:瘴気反応・陽性(汚染)』
「あれ? 瘴気反応が陽性になってる……」
「えっ? さっき飲んだ水は大丈夫だったの?」
リコが心配そうに声を上げる。
「飲む直前に確認した分は陰性だったから大丈夫。でも、今出した分は陽性……。どうしてだ」
「陽性なら、外へは流さないでください」
最初に声を上げたのは、アルノだった。記録板を握る手に、力が入っている。
「治療を止めたいわけではありません。ですが、村の水と土に出す前に、止められる仕組みがあるかを見ています」
ゴランは隣で小さく頷いた。
「その通りだ。村長としても、そこだけは譲れん」
ゴランは厳しい顔を変えなかった。
考え込んでいたガルドが、ぽつりと口を開いた。
「原因は分かった。送水弁を全開にした時、吸水弁まで開いたままだったんだ。水を出した分だけ、井戸から新しい水を吸っちまう。浄化しきった水に、まだ清めてない水が混ざったんだ」
「あ、そうか」
「ちょっと待ってろ。清めている間は吸水弁を閉じる。使う前に判定する。使い切ってから次を吸わせる。連続じゃなく、6時間ごとの区切り運用だ」
ガルドがタンクを開けて修理を始めた。
***
「よし。これで大丈夫だ」
ガルドが額の汗を拭きながら言った。
次の試運転を始めるには、陽性になった水を一度すべて抜かなければならない。密閉受け槽は敷地外れの排水溝の最終地点にあり、タンクのそばに捨てることはできなかった。
俺たちは手の空いた全員でバケツを回し、陽性の水を少しずつ密閉受け槽まで運んだ。満水にはしていなかったとはいえ、タンクを空にするだけで、腕が痺れるほどの重労働だった。
ゴランは厳しい顔のまま、その一往復ごとを見届けていた。
アルノは表情を変えず、運んだ回数と水量を記録し続けている。恩人への遠慮より、村の井戸を守る役目を優先している顔だった。
「では、また起動します」
俺は手順を確認し、排気弁、吸水弁の順で開けた。鉄管の奥から水の走る音が戻り、タンクの底に新しい井戸水がたまっていく。
十分な量が入ったところで吸水弁を閉じ、タンクの小窓から残りの一リットルの浄化液を注ぎ込んだ。
「6時間後に確認しますが、夜になりますので、私の方で確認しておきます。明日の朝報告しますので、また集まってもらってもいいですか?」
反対する者はいなかった。ガルドとロッカは工具を抱えて工房へ戻り、ゴラン、アルノとエーリスも村へ戻っていった。
***
6時間後。
「『絶対診察眼』で陰性。もう一時間後に確認するか」
さらに1時間後。
「同じく陰性。大丈夫だ」
「ワタル。やったわね」
「ああ。これで明日からハニーの治療ができる」
俺は処置台の奥で眠るハニーを見た。鼻の奥では、まだ濁った呼吸音が鳴っている。
水は回った。陽性の水を外へ出さない手順もできた。プルは休める。
あとは、あの子の鼻の奥に溜まった霧を洗い流すだけだ。
【施設管理カルテ】
新実装設備:自動循環式・魔力共鳴浄化給排水槽。
初回試運転では、三時間時点で瘴気反応陽性、六時間時点で陰性を確認。
問題点:連続吸水により、浄化途中の水に新しい井戸水が混入。全開放水後、瘴気反応陽性。
修正内容:吸水弁の運用を変更し、清浄化中は吸水を停止。六時間静置後、送水前判定を行うバッチ式運用へ変更。
管理手順:陽性水は外部へ流さず、密閉受け槽へ回す。送水前判定、吸水弁閉鎖、六時間単位の浄化確認を標準手順とする。
特記事項:プルの直接浄化負担を軽減。
次工程:ハニーベアの鼻腔洗浄処置へ移行。
もし『続きが気になる!』『この話、面白い!』と思っていただけましたら、下部の☆☆☆☆☆から【評価】や、作品フォロー&ブックマークをしていただけると、執筆の励みになります!ぜひよろしくお願いします!




