↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物は討伐しません、診察します〜転生獣医のもふもふサファリパーク開拓記〜  作者: あおにし
第2部 夜魔族ノクシア

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/75

第29話 水が回るまで待ちます

いつも応援ありがとうございます!お楽しみください!

試運転の朝、井戸脇には予想以上の人数が集まっていた。


ガルド、ロッカ、エーリス、リコ。村長ゴランだけでなく、記録板を抱えたミーナの父、アルノの姿もあった。


「父から、井戸の使用量を記録しておけと言われました。村の水筋に関わることですから」


アルノはそう言いながら、まだ少し緊張した顔で巨大なタンクを見上げた。


「井戸を使い、排水を扱う設備だ。村の水と土に関わる以上、私が見届ける」


ゴランは少し胸を張った。


「ここに来ると言ったら、ミーナもコロに会いたいからついてくると言い出して。引き留めるのに大変じゃった」


ゴランはそう言って微笑んだ。


「ミーナを助けてもらったことと、村の井戸を預かることは別です。だから、今日はきちんと数字を見ます」


アルノの言葉は硬かったが、敵意ではなかった。村を継ぐ者として、父ゴランの横で必死に役目を果たそうとしている声だった。


「では、第一回の試運転、始めます」


俺はまず、送水弁と吸水弁が閉じていることを確認した。プルとプルツーが俺の足元で弾んでいる。


空のタンクに、いきなり井戸水が流れ込むわけではない。先に中の空気を抜き、タンクの内側の圧を下げる必要がある。


「まずは呼び水ならぬ、呼び圧だな」


ガルドがタンクの側面を叩いた。


俺が一方向の排気弁を開くと、エーリスの『組織安定化』で気密を保たれた金属板が、低く震え始めた。


シュルル……シュル、シュル……。


タンクの中の空気が少しずつ抜けていく。ガルドの設計した「肺」が、まずは息を吐き出しているのだ。


「よし。吸水弁を開けろ」


ガルドの合図で、俺は井戸側の弁を開いた。


次の瞬間、鉄管の奥で水が走る音がした。


ごぼっ、こぽこぽこぽ……。


井戸から吸い上げられた水が、空だった共鳴タンクの底へ流れ込み始めた。


「うまく吸い上げられたぞ……」


水がタンクの底を覆い、共鳴板の振動が水面に触れた瞬間だった。


キィィィーーーーーーーン……!!


耳をつんざく高音が響き渡った。あまりの不快さに、俺は反射的に両手で耳をふさいだ。


リコは銀色の耳を両手で押さえ、隅でうずくまった。他の人たちもみな耳をふさいでいる。


「ワタル! 吸水弁を閉じろ! 共鳴も止めろ!」


ガルドが指示した。その時、その異音の高周波と共鳴したプルとプルツーが不規則に弾みだして、ガルドの足首にタックルした。


「痛っ! この鉄球スライムたちを止めてくれ!」


「えっ! 吸水弁とプルたちとどっちが先ですか?」


「どっちでもいい! 早くしろ!」


俺は吸水弁を閉じ、共鳴板の駆動を止めた。静かな空気が戻った。異音が止まり、プルたちも落ち着きを取り戻していた。


「ガルドさん、大丈夫ですか。……今の、原因は分かりますか?」


ガルドは足首を掴んで屈んでいた。


「ごめん。少し待ってくれ」


「わかりました」


見かねたエーリスが治療を行い、ガルドは立ち上がった。


「こんなひどい音を聞いたのは久しぶりじゃ……」


ゴランはタンクを見て呟いた。


「すみませんでした。安全確認が甘かったです」


「……ああ、タンクの共鳴を強くしすぎたな。調整するから少し待ってくれ」


2時間ほどタンクを調整したガルドが「できたぞ」と言った。


「では、改めて試運転を行います」


俺は手順を確認し、排気弁を開いてから吸水弁を開けた。


ジーーーーーーーー。


タンク全体が、耳の奥を震わせるような微細な振動を奏で始める。


「大丈夫そうだ」と俺は胸をなでおろした。


「毎回、起動するたびにあんな音がするなら、ここで生活できないと思ったのだ」


復活したリコがそう言って笑った。


「うん。安定している。ワタル、浄化液を入れろ」とガルドが指示した。


「わかりました」


俺は浄化液を入れた小さな陶器の壺を手にした。


プルとプルツーの温浴の後に残った浄化液が2リットルほど。初回だけは、どうしてもこれに頼るしかない。だからこそ、これを成功させ、次は培養槽で増やす必要があった。


タンクの小窓を開け、半分の一リットルを慎重に注ぎ込む。


ガルドが、誇らしげにタンクを叩く。


「村長。このタンクは水をただ溜めるんじゃなく、同じ流れを何度も芯へ戻す。水が勝手に回る『腹』が、浄化の性質を水全体に行き渡らせるのさ!」


「……理屈は半分も分かりません。ですが、村の井戸水を扱う以上、止める弁と、外へ流す前の確認だけは徹底してください」


アルノが記録板を抱え直し、硬い声で言った。ゴランは黙って頷いた。村長として息子の言葉を認めたのだ。


「とりあえず、浄化には時間がかかります。しばらく待機しましょう」


「ワタル、どれくらい?」とリコが聞いた。


「まずは、3時間後に集合ということにしましょう」


***


3時間後。


タンクのバルブをひねると、給水管から水が出てきた。


「透明だ。いけるか?」


俺は『絶対診察眼』で水を確認した。まだ瘴気が残っている。


「駄目か。早すぎた。もう3時間置きましょう」


***


さらに3時間後。


再度、透明な水を出し、『絶対診察眼』で確認する。


『判定:瘴気反応・陰性(清浄)』


「やった。少なくとも、6時間置けば清浄化できる」


俺はコップに分けて一口飲んだ。


「うまい」


「私にもちょうだい」とリコが言うので、コップに入れて渡した。


「うん。甘くておいしい」


ガルドも、タンクを見上げて満足げに頷いた。


「やったな、ワタル」


バケツを置いてバルブを全開にすると、給水管からかつてないほどの勢いで透明な水が溢れ出した。そして勢いよく水を出した分だけ、タンクの奥で再び吸気音が鳴った。


それはハニーベアを丸ごと洗い流せるほど、力強く、清らかな「流れ」に見えた。


「……すごい。これだけの水量を、これほど短時間で」


エーリスが、溢れる水の輝きに目を細める。


ロッカはタンクの足元にしゃがみ込み、石板の継ぎ目を指でなぞった。


「傾きはないね。水を満たしても、今のところ沈んでない。けど、これはあくまで仮置きだよ。本格的に使うなら、ちゃんと石の土台を組む」


「よし、大丈夫だ! 名付けて、『プルプル・ジャブジャブ給排水完全自動くん二号』!」


俺が自信満々に宣言すると、一瞬の静寂の後、リコが氷点下の眼差しで俺を射抜いた。


「……ねえ。その、絶望的にセンスのない名前はどうなの? プルにそのセンスを浄化してもらった方がいいのだ」


ガルドが苦笑いしながら、公式の名称を添えた。


「まあ、正式には『自動循環式・魔力共鳴浄化給排水槽』ってところだな」


その装置を見上げていたロッカが、ふと俺を振り返った。


「へぇ……。これだけの水を自動で回せるなら、ワタル先生。治療で温浴も可能になるんじゃないかい?」


リコがロッカの言葉に頷いた。


「湯浴みできるなら、あの子たちも助かるのだ」


何よりの成果は、窓際へ戻ったプルの姿だった。


膿の直接浄化という過酷な労働から解放され、プルは本来の役割である「窓際の空気浄化」に専念できるようになった。


透明な体の奥に浮かんでいた灰色の筋は、まだ完全には消えていない。それでも、今朝よりはずっと薄くなっていた。


俺はバルブを閉じて、バケツの水を再度『絶対診察眼』で確認した。


『判定:瘴気反応・陽性(汚染)』


「あれ? 瘴気反応が陽性になってる……」


「えっ? さっき飲んだ水は大丈夫だったの?」


リコが心配そうに声を上げる。


「飲む直前に確認した分は陰性だったから大丈夫。でも、今出した分は陽性……。どうしてだ」


「陽性なら、外へは流さないでください」


最初に声を上げたのは、アルノだった。記録板を握る手に、力が入っている。


「治療を止めたいわけではありません。ですが、村の水と土に出す前に、止められる仕組みがあるかを見ています」


ゴランは隣で小さく頷いた。


「その通りだ。村長としても、そこだけは譲れん」


ゴランは厳しい顔を変えなかった。


考え込んでいたガルドが、ぽつりと口を開いた。


「原因は分かった。送水弁を全開にした時、吸水弁まで開いたままだったんだ。水を出した分だけ、井戸から新しい水を吸っちまう。浄化しきった水に、まだ清めてない水が混ざったんだ」


「あ、そうか」


「ちょっと待ってろ。清めている間は吸水弁を閉じる。使う前に判定する。使い切ってから次を吸わせる。連続じゃなく、6時間ごとの区切り運用だ」


ガルドがタンクを開けて修理を始めた。


***


「よし。これで大丈夫だ」


ガルドが額の汗を拭きながら言った。


次の試運転を始めるには、陽性になった水を一度すべて抜かなければならない。密閉受け槽は敷地外れの排水溝の最終地点にあり、タンクのそばに捨てることはできなかった。


俺たちは手の空いた全員でバケツを回し、陽性の水を少しずつ密閉受け槽まで運んだ。満水にはしていなかったとはいえ、タンクを空にするだけで、腕が痺れるほどの重労働だった。


ゴランは厳しい顔のまま、その一往復ごとを見届けていた。


アルノは表情を変えず、運んだ回数と水量を記録し続けている。恩人への遠慮より、村の井戸を守る役目を優先している顔だった。


「では、また起動します」


俺は手順を確認し、排気弁、吸水弁の順で開けた。鉄管の奥から水の走る音が戻り、タンクの底に新しい井戸水がたまっていく。


十分な量が入ったところで吸水弁を閉じ、タンクの小窓から残りの一リットルの浄化液を注ぎ込んだ。


「6時間後に確認しますが、夜になりますので、私の方で確認しておきます。明日の朝報告しますので、また集まってもらってもいいですか?」


反対する者はいなかった。ガルドとロッカは工具を抱えて工房へ戻り、ゴラン、アルノとエーリスも村へ戻っていった。


***


6時間後。


「『絶対診察眼』で陰性。もう一時間後に確認するか」


さらに1時間後。


「同じく陰性。大丈夫だ」


「ワタル。やったわね」


「ああ。これで明日からハニーの治療ができる」


俺は処置台の奥で眠るハニーを見た。鼻の奥では、まだ濁った呼吸音が鳴っている。


水は回った。陽性の水を外へ出さない手順もできた。プルは休める。


あとは、あの子の鼻の奥に溜まった霧を洗い流すだけだ。


【施設管理カルテ】

新実装設備:自動循環式・魔力共鳴浄化給排水槽。

初回試運転では、三時間時点で瘴気反応陽性、六時間時点で陰性を確認。

問題点:連続吸水により、浄化途中の水に新しい井戸水が混入。全開放水後、瘴気反応陽性。

修正内容:吸水弁の運用を変更し、清浄化中は吸水を停止。六時間静置後、送水前判定を行うバッチ式運用へ変更。

管理手順:陽性水は外部へ流さず、密閉受け槽へ回す。送水前判定、吸水弁閉鎖、六時間単位の浄化確認を標準手順とする。

特記事項:プルの直接浄化負担を軽減。

次工程:ハニーベアの鼻腔洗浄処置へ移行。

もし『続きが気になる!』『この話、面白い!』と思っていただけましたら、下部の☆☆☆☆☆から【評価】や、作品フォロー&ブックマークをしていただけると、執筆の励みになります!ぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。