第28話 水を増やす仕組みを作ります
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隔離処置室はできた。
石の処置台も、密閉排水路も、保定用アンカーもある。けれど、ハニーの鼻を洗うための清浄水だけが足りなかった。
しばらくして、ガルドが口を開いた。
「やはり、巨大タンクそのものを浄化の器にする。それしかない」
「でも、ろ過は難しい……」
俺が疑問を呈すると、ガルドはニヤリと笑った。
「ろ過じゃねえ。性質を広げるんだ」
ガルドの言葉にエーリスが顔を上げた。
「浄化水をいわば『種火』にして、その性質を留め、広げていく、ということですわね」
ガルドは鞄から特殊な金属を取り出した。
「この金属に魔法で浄化の性質を『固定』する。こいつは浄化の芯だ。別に、タンクの外殻と板を一定の拍で震わせる。そっちは水を吸い上げ、槽の中で循環させるための仕掛けだ」
俺はガルドの意図を汲み取り、興奮気味に言葉を継いだ。
「なるほど。浄化液を燃料みたいに使い潰すんじゃなくて、金属コアを媒介にして、タンク内を通る水全体へ浄化の性質を少しずつ行き渡らせる。毎日、種になる浄化液を適量足して、反応を維持するんですね」
「ああ。水をただ溜めるんじゃなく、同じ流れを何度も芯へ戻す。水が勝手に回る『腹』を作ってやるんだ。毎朝、種になる浄化液を足してやれば、勝手に水を育てる魔力共鳴槽の完成だ。ただし、種になる浄化液が弱ければ、水も弱い。毎日、反応を見ながら足していく必要がある」
エーリスが、その金属板を慈しむように見つめた。
「わたくしの『組織安定化』で、浄化の性質が逃げないよう、しっかりと金属に定着させますわ。ハニーさんの鼻を洗うための大量の水……これなら、わたくしの魔力が尽きる前に用意できそうです」
「ガルドさん、どれくらいのサイズのタンクにしますか?」
「ハニーの治療を考えると、水は多いに越したことはねえ。だが、今は仮設だ。運べて、井戸脇に置けて、数日で管を噛ませられる限界――2000リットルだな」
「2000リットル……」
一晩で10リットルがやっとだった『一号』の、200倍。それだけあれば、治療に専念できる。
「でも、ワタル」
リコが、プルのいる水桶を見た。
「その種になる浄化液は、どこから持ってくるのだ? またプルにお風呂へ入ってもらって、その残り湯を使うのか?」
その言葉に、俺はすぐに答えられなかった。
それでは、結局同じだ。
プルの体から出たものを、必要になるたびに使う。名前を変えただけで、プルに頼る構造は変わっていない。
「違う」
俺は首を振った。
「プルに出させるんじゃない。プルが残してくれた浄化の性質を、増やす場所を作る」
「増やす場所?」
「培養槽です」
「大型タンクは、飲める水や処置に使う水を作る場所です。でも、そこに入れる種火まで毎回プルに頼っていたら意味がありません。だから別に、高濃度の浄化液を育てる槽を作ります」
ガルドが顎を撫でた。
「つまり、小さい腹で濃い種を作って、大きい腹で薄く広げるわけだな」
「はい。培養槽は濃く。2000リットルタンクは広く。役割を分けます」
俺は一気に図面を引き直した。
「ガルドさん、給水だけじゃない。排水側にも密閉受け槽を置きましょう。ロッカさんが造ってくれた石管の先にこれを繋げば、出た水を一度そこで受け止めて、敷地内で浄化できます。外へ流すのは、安全を確認してからです」
大型タンク。密閉受け槽。そして、高濃度浄化液を育てる培養槽。これで、ようやくプルに直接背負わせない形が見えた。
***
工事の間、ハニーはアンカーで動きを制限され、エーリスが浅い鎮静を切らさないよう見守った。
プルには、一日に一度だけ、汚れた石床の清掃を手伝ってもらうことにした。それ以上はさせない。透明な体に灰色の筋が戻る前に、必ず休ませる。
***
数日後、タンクが完成した。直径は1.3メートルほど、高さは1.5メートルほど。数字だけなら理解していたつもりだったが、実物は、水桶ではなく、井戸脇に据える機械の腹そのものだった。
「培養槽は、このタンクの試運転が終わってからだな。構造は似せられるが、役目は逆だ。あっちは濃く保つ小さい腹、こっちは薄く広げる大きい腹だ」
ガルドが言った。
「どこに設置しますかね」
ガルドは誇らしげにタンクを叩いた。
「井戸の近くがいい。吸い上げる管が長いほど、力が逃げる。今は仮置きでいい。水が上がる場所に置くのが先だ」
吸い上げる管が長くなれば、それだけ力も漏れやすくなる。今は見栄えより、確実に水を引き上げることが先だった。
「そうですね」
「じゃあ、ここでいいんだね。念のため、下には石を敷いておく。本格的な土台は、試運転が終わって位置が確定してからだよ」
水を満たせば2トン近い重さになる。土の上にそのまま置けば、沈むか、傾く。傾けば、管も弁も歪む。
ロッカは弟子たちと井戸脇の土を均し、厚い石板を敷き詰め、その上にタンクを据えた。
設置が終わったタンクを見上げて、俺は息を吐いた。
井戸脇に置かれた2000リットルの円筒は、古い家畜小屋には不釣り合いなほど大きかった。だが、今の俺たちには、その不釣り合いな大きさが必要だった。
「できた。あとは、ちゃんと水が回るかどうかだ」
もう時間も遅い。失敗すれば水だけでは済まない。暗い中で動かす設備ではなかった。
試運転は、翌朝からにすることにした。
【施設管理カルテ】
新設設備:井戸脇に2000リットル級の魔力共鳴式給水タンクを仮設置。気圧連動式吸引機構、逆止弁、魔法定着済み金属コアを装填。排水側には密閉受け槽を設計し、汚染水を敷地内で受け止める構造とする。
患者状況:ハニーベアは隔離処置室へ収容済み。鉄製アンカーと革帯により保定し、エーリスの浅い『魔力鎮静』下で管理中。
特記事項:プルの体内に灰色筋を確認。直接浄化の継続は負担が大きいため、浄化作業を設備側へ移す方針とする。高濃度浄化液培養槽は、大型タンク試運転後に試作予定。
次工程:第一回試運転。清浄水の生成量と瘴気反応を確認後、ハニーベアの鼻腔洗浄処置へ移行予定。
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