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魔物は討伐しません、診察します〜転生獣医のもふもふサファリパーク開拓記〜  作者: あおにし
第1部 ルミナ村保護区開設

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第18話 自分を壊す音を止めます

いつも応援ありがとうございます!お楽しみください!

「……よし、コロ。朝の検診だ。少しの間、じっとしていろよ」


朝の古い家畜小屋。


俺は往診バッグの点検を終え、隔離ケージのコロに向き合った。


以前は脳を焼くような瘴気に目を血走らせていたが、今は俺を待つように小さく尻尾を振っている。


俺は意識を集中し、『絶対診察眼』を起動した。


(……診えた。脳内の瘴気反応は、昨日よりは薄いな。瞳の濁りも、かなり引いている)


だが、完全に消えたわけではない。窓際で「ぷるるっ!」と鳴きながら小屋の空気を守るプルのおかげで、デトックスは進んでいるが、まだ正常値には遠い。


隣のケージのリーフも同様だ。前頭葉付近に残っていた激しい炎症反応は昨日より落ち着き、自分の足を噛み砕こうとする自傷衝動の波は弱まっている。だが、魔力の流れはまだ不安定で、気を抜けばいつ再発してもおかしくなかった。


「環境が良くなれば、自傷の衝動も和らぐ。医学的な処置と、プルの環境管理。この両輪が揃って、ようやく少しずつ前へ進めるんだ」


俺がカルテに『快復傾向にあるが、継続的な観察が必要』と書き込むと、往診バッグを整えていたリコが、厳しい表情で家計簿を突きつけてきた。


「ワタル、出発前に現実を見るのだ。干し肉は残り6枚、卵は3つ。コロとリーフの栄養は絶対に削れない。だから、今日の私たちの肉は一人一枚」


リコの言葉には、現場運営者としての重みがあった。


医療は善意だけでは続かない。「守る場所」そのものが、毎日コストという名の糧を食べているのだ。


***


「……ひゃ、ひんやりして気持ちいい……。エーリス様の魔法、腰には冷たくて、心には温かいです……!」


隣村、バロウの牧場の管理小屋。


昨日、巨大アンカーの重みに敗れて動けなくなった門番キャスパーが、藁の上で「くの字」になって情けない声を上げていた。


エーリスが約束通り、『局所冷却』と『組織安定化』の魔法をかけて彼の腰をケアしている。


俺は彼の腰椎をスキャンし、事務的に告げた。


「キャスパーさん。L4/L5付近に急性炎症を確認しました。全治2週間。今日からあなたは、この現場での『経過観察対象』です。バロウさんの手伝いや軽い見回り程度なら許可しますが、重量物の運搬、およびエーリスさんの前での過剰な見栄は、当面禁止です」


「み、見栄まで禁止かよ……」


キャスパーが青ざめる横で、職人ガルドが完成させた『安全誘導ハーネス』を携えて現れた。


「ワタル。昨日の夜、夜明け前まで、あいつの音を聞いてた。それで分かったことがある」


「キャスパーさん、何でしょうか?」


「ああ。ミノタウロスの角打ちの回数はどんどん減っていっている。それに合わせて、ミノタウロスの呼吸が前ほど荒くなくなったようだ」


「なるほど。少しずつ回復傾向にあるんですかね。キャスパーさん、ありがとうございました」


キャスパーが自慢げに鼻を擦った。


エーリスが『魔力鎮静』をかける数分間のうちに、俺たちはミノタウロスに『息守りマスク初号機』を装着し、ガルドの設計したハーネスを地面のアンカーに繋いだ。


「プルツー、俺が洗うのと同時に、表面に浮いたものを吸い取ってくれ」


俺はミノタウロスの角の根元、瘴気が凝集して変色した箇所に清浄水をかけていく。清浄水に触れてわずかに滲み出した瘴気を、プルツーがそっと張り付いて吸い取っていく。


(透過図の奥、神経に絡みついた黒い影は、まだ根深く残っているな……。表面を洗っただけでは、内側の猛毒は抜けない)


それでも、表層の熱と魔力の乱れは明らかに弱まっていた。


作業を終えて俺たちが柵の外へ退避すると、ミノタウロスの鎮静が解けた。彼はいつものように岩壁に向かって猛然と突進した。


だが――


激突の直前、固定金具が低く鳴り、革帯と太い綱が「ぎしり」と音を立てて伸びた。


ミノタウロスの巨体は、最後の数歩で速度を殺され、壁の手前で止まった。

角が石を打つ、あの痛ましい音は響かなかった。


俺はすぐに胸帯と喉元を確認する。呼吸は潰れていない。皮膚への食い込みも、許容範囲だった。


「……音が、しない。あいつが自分を壊す音が、止まったんだ……!」


牧場主のバロウが震える声で泣き崩れた。ガルドは鎖の張りを指で弾き、低い音を確認しながら頷いた。


「革帯が一か所、逃げてるな。次はそこに当て革を足す。ワタル、鎖の長さはこれでいい。あとは馴染むのを待つだけだ」


リコも「あそこ、クッションを入れた方がいいのだ。擦れてる」と即座に指示を出す。


実際に動かすことで、地道な「運用」の課題が次々と見えてくる。


ふと見ると、ミノタウロスの鼻面に装着したマスクの、浄化布の中央だけがうっすら灰色に曇っていた。針で突いたような灰色の点がいくつか浮かんでいる。


「外から入っているわけではありません。体の中に残っていた瘴気が、呼気に混じって少しずつ出ているんです」


エーリスが、はっと息を呑んだ。


「では、この布は……」


「ええ。吸い込む空気を守るだけではなく、吐き出される毒も受け止めている。だから消耗します。定期的な交換が必要です」


***


帰り際、俺はルミナ村に行き、ギルドでモルガナに報告した。ミノタウロスの治療の見込みが立ったこと。マスクとハーネスをガルドに作成してもらったこと。


「ガルドさんへの工賃が、今の俺たちには払えません。すみませんが、モルガナさん。立て替えをお願いできるでしょうか?」


俺が正直に告げると、モルガナはガハハと豪快に笑った。


「前にも言っただろう。あんたは村の『投資先』だよ。ミーナを救い、ミノタウロスの角打ちまで止めたんだ。金を出す価値はある。……だがね、投資ってのは施しじゃない。ガルドへの工賃はギルドで立て替えるが、これは、あんたへの貸しだ。今後、稼げるようになったら、きっちり返してもらうよ、ワタル先生」


「……ええ。そのための『運営計画』を立て始めるところです」


善意だけでは、命を守り続けることはできない。包帯も、水も、職人の手も、明日の食事もいる。俺たちはその現実を抱えたまま、夕暮れの道を古い家畜小屋へと引き返した。


【施設管理カルテ】

運用実績:『息守りマスク初号機』および『安全誘導ハーネス』の実地稼働を開始。初回稼働において、角打ち自傷の発生を一時的に遮断。一定の効果を確認。

患者管理:コロ・リーフ……脳内の瘴気反応の低下を継続観察。プルの環境浄化により改善傾向にあるが、再発防止のため継続的な観察が必要。

ミノタウロス……呼気に含まれる残留瘴気によるフィルター汚染を確認。定時交換を計画。

キャスパー……急性腰痛症により隣村にて経過観察。過剰な見栄を含む肉体労働を当面禁止。

財務状況:ギルド立替金を計上。リコによる厳格な家計管理の下、消耗品コストの捻出が急務。

特記事項:医療、工学、運営、現場観察。それぞれの専門性が噛み合い、持続可能な保護体制としての第一歩を踏み出した。

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