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003 そりゃ、無理な話だぜ


俺が砕けた窓を片付け事務所に戻ると、エレナがソファーに座ってテレビを見ている。

事務所は全くといっていいほど片付いていない。

ゴミだらけだ。

エレナが持って来たソファーの上だけがオアシスに見える。


「なぁ、そのソファー、何のために持って来たんだ?」

俺がミニキッチンで手を洗いながらエレナに聞く。


「私が座るために決まってるでしょ?」


「いや、どういう理由か聞いているんだ」


「ウォルトの依頼を受けたんだから私もここに居なきゃ変でしょ?

 それに見なさいよココ!どこに座るのよ?」


まぁ・・確かに、ゴミだらけだ。


「エレナ・・礼を言っておく」

俺は少し改まる。


「何の?」


「家賃だ、払ってくれて感謝する」


「は?あれは、きっちり耳をそろえて返して貰うわよ。

 当然、利息分もね」


「おいおい、エレナ。

 お前、なに言ってんだ。そりゃ、無理な話だぜ」


「ボビー・・アンタ、私が何も知らないと思ってんの?」


「は?」


「アンタが腐るほど金を持ってるのは分かってんのよ」


「は?」


「アンタの両親よ。

 エスコットの遺産よ」


「・・・親の、いさん?・・・遺産・・・ハハ!ハハハハッ!」


「何がおかしいのよ?」


「ハハハッ!・・なるほどね!そうか!そういう事か!ハハハ!!」


「だから、どういう事よ?」


「遺産なんて無いよ!」


俺は事の経緯をエレナに説明する。


確かに俺の両親は金持ちだった。

だが俺が9歳の時、両親は事故でこの世を去った。

いわゆるワンマン経営だった両親の会社は、あっという間に傾いて財産はほとんど失った。

僅かに残った財産で、身寄りの無かった俺が18になるまで、かかりつけの弁護士が育ててくれた。

何かあった時の為に両親が作っていた遺言書には『全財産は俺が50歳の誕生日に渡す』そう書いてあった。

どうやら俺がのらりくらりと遊び呆けないように、一人前になってから渡すという思いだったようだ。

だが、その財産もほとんど無い。

たとえあったとしても財産がもらえる50歳まで、まだ10年近く先の話だ。


「はぁ~~・・・」

エレナが小さく首を振りながら、深いため息をつく。

「アンタそれ、本気で言ってんの・・?」


「ああ、そうだ。これで分かったろ?」


「何がよ?」


「俺を脅しても金なんか無いって事だ。

 だから殺す理由も無いって事だ。そうだろ?」


「殺す理由は別よ」


「は?」


「アンタを殺す理由は別って言ってんの!

 ぁ~ノド乾いたわ」

エレナが冷蔵庫から勝手に俺の缶ビールを取り出す。


「おい!殺す理由は別って何だよ?」

金以外に何があんだよ?


「はぁ~~・・・」

エレナが小さく首を振りながら、深いため息をつく。

「ちょっと、アンタ・・・。さっきからそれ、本気で言ってんの・・?」


「ああ」そうだ。

理由なんて全くわからん・・・


「いいわ、それじゃ・・

 それについては浮気調査が終わってから、ゆっくり話すわ。地獄でね」


「何だよそれ?」

どういう事だ?俺、何かこの女に恨まれるような事したのか?

その説明を聞く時は、俺が殺される時ってことなのか?

ちくしょう!

この際、理由なんてどうでもいい!何とかこの女から逃げる方法を考えなければ!


ポロロ~ン


「お、メールだ」

俺は、セルフォンを取り出す。


「依頼のメール?」

エレナがソファーに足を組んで座り、缶ビールを開ける。

プシューッ!!


「ああ、ウォルトからだ」


「何て?」

エレナがビールをゴクゴク飲む。


「旦那のスケジュールと行き先の住所だ」


「ふ~ん。見せて」


「ほらよ」

俺がエレナの横に座りセルフォンを見せる。


「・・・何よコレッ!すぐ近くじゃない!」


「は?」


「は?じゃないわよ!早く行くわよ!」


「どこに?」


「どこって!浮気調査に決まってるでしょ!」


「お前、行って来いよ」


「はぁ!?」

エレナの眉間にシワが寄る。


そうだ!この女に調査させて、その間に俺は逃げる!

これだ!これだぜ!!


「本来この依頼はお前が受けると言い出した事だ。責任を持ってやり遂げろ」


「・・・・・」


「それに共同経営者の初仕事だ。

 お前さんのお手並み拝見って事だ!

 ま、せいぜい頑張るこったな!はっ!はっ!はっ!・・ぅぐッ!!!!!」


俺のノドにダガーナイフが食い込む。

同時に、エレナの持っていた缶ビールが床に転がる音がする。


エレナが俺にグッと覆いかぶさり耳元でささやく。

「ノド、搔っ切るわよ」

一気に冷や汗が吹き出す。

コポコポ・・

ビールが床にあふれる音がする。


「・・ぅー・・・」

俺はアゴを引き、見開いた目だけを動かし息が漏れる様なうめき声を出す。


「ヤルんだよ。わかったか?」


「ぅ、ぅ・・・」


「返事は?」


コクリ・・・

俺は小さくうなずく。


「よろしい」

エレナとダガーナイフが俺から離れる。


こ・・こいつ・・・

なんだ?・・今のは・・・

気がついたら俺のノドにナイフがめり込んでた・・・

あとほんの少しでもナイフを横に引けば俺のノドは引き裂かれてた・・・

改めて俺は、この女に命を掴まれているんだという戦慄が走る。


「早くするのよ」

エレナが俺を見る。


「ぁぁ・・・」

俺はソファーからゆっくりと立つ。

まるで絶望の淵にたたずむかの様に・・・


「ほらッ」

エレナがイスの上で丸まっている俺のTシャツを投げる。


「ん?」

俺がTシャツをキャッチする。


「何してんの。ビールがこぼれてる」


「は?」


「床を拭くのよ!それで!」


「は?これお前、」


「それは雑巾よ、なんか文句ある?」


「・・・・・」


「拭け」

エレナの持つダガーナイフがピクリと動く。


「はい」

俺はTシャツという名の雑巾で、床にこぼれたビールを拭く。


「ボビー、拭き終えたら出発よ」


「・・・・」

俺は無言で床のビールを拭く。


「返事は?」


「・・・はい」


さて、俺は一体どうなるのだろうか・・・




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