ノベル第4話 星の乙女に悲しき過去(2)
アイドースの前に立つ彼は、地上の村に暮らす人間だった。
後に恐竜人間、もしくは蜥蜴人間と呼ばれる種族の祖先である。
黄金の種族とも呼ばれている。
ヘシオドスの叙事詩『仕事と日』によると、人類には五つの時代があったという。
最初が黄金時代。次に白銀時代。青銅時代、英雄時代と続いて、最後は黒鉄時代となる。
現代の人類は黒鉄時代、もしくはヘシオドスも知らぬ六つ目の時代を生きているのだろう。
黄金時代の人類、黄金の種族は、神々が最初に創り出した、もっとも優れた世代である。
悲しみや苦しみや絶望を味わっても心は決して折れず、何度でも立ち上がる不屈の精神。
老いも疲れも知らず、万病も物ともせず、あらゆる災厄を乗り越える、強靭な肉体。
弱きものを慈しみ、神々への敬意も忘れず、空気を読み、出てくる言葉は常にパーフェクトコミュニケーション。
神々からの信頼も厚く、そして最期の時は、微笑みながら眠るように逝く。
例えるなら、種族全員が少年漫画の主人公といえば伝わるだろうか。まさに完璧超人なのだ。
とはいえ、今のアイドースにはどうでも良いことだった。
「兄たま、どこ〜!」
「え? ニイタマ? ……ああ、お兄さんのことですね。女神様のお兄様ということは、男性神ですか。ふーむ。この村にいらっしゃった神様は、貴方様が初めてですから……」
するとアイドースの瞳から涙が溢れ出す。
「ああっ女神様、どうか泣かないで! 少しだけ、少しだけお待ちくださいね!」
幼き女神様の一大事である。彼はいそいで村人全員を集め、目撃情報がないか確かめる。
すると昨夜の晩、三つの鳥のようなシルエットが飛び去るのを見たという。東へ向かったが、それ以上はわからなかった。
アイドースの背中にも自在に出し入れできる翼はあったが、飛び方がまだわからない。
だからどんなに追いかけても、兄たまには会えない。もう兄たまには会えないのだ……。
我慢に我慢を重ねていたアイドースの涙腺は、ついに決壊してしまうのだった。
その頃、天空の屋敷は大騒ぎとなっていた。アネモイ三兄弟に続き、アイドースまでもが行方不明になったのだ。
幼い女神が自分試しの旅になんて出られるわけがない。
事故か、誘拐か、それとも神隠しか????
幼くとも不死の神の一柱だが、怪我はするし腹も減る。誘拐であれば酷い目に遭わされているかもしれない。
アストライオスは気が気ではなかったが、彼には総司令として太陽系を護る職務がある。
その場はエオスに託し、狂わんばかりの焦燥に駆られながらも、屋敷を後にした。
エオスはニュンペーを総動員すると、屋敷の中を探し、外を探し、ようやく丘近くの洞窟にたどり着いた。
だけどアイドースが地上に落ちたのなら、ニュンペーたちではもう探しようがない。
すでに丸一日が経過していた。
「わかった。ここからは私が引き継ごう」
エオスの涙ながらの報告を聞いたアストライオスは、直ちに全ての星々(アストラ)に号令をかける。
星々(アストラ)を総動員して、その目で地上を探索させたのだ。
そのせいで第一防衛ラインに穴が開き、危うく太陽系を危機に晒すところだったが、程なくして可愛い妹を発見する。
星々(アストラ)はただちにアストライオスへ報告するが、すでに二日が経過していた。
アストライオスは自ら迎えに行こうと翼を広げ、天空から空へ舞い降りる。
報告によると、愛娘は人間の村に保護されているらしい。
上空から村を見下ろすと…………いた! 間違いない! 愛しい我が娘だ!
直ちに急降下しようとして、アストライオスは踏みとどまる。
緊張がほぐれ、不安が和らぎ、恐れが消える。
直下に見える光景は、まるで安堵が具現化したようだった。
笑顔だ。
アイドースが笑っている。
人間たちに囲まれ、一緒に遊んでいる。
ニュンペーたちではダメだった。
ノトスと一緒の時でも、ここまで楽しそうではなかった。
会って1日かそこらだろうに、信じられないくらい打ち解けている。
人間……。そうか、人間だ! 彼らなら……
アストライオスは決意した。
「みんな見ろ! 神様だ! 神様が降臨なされるぞ!!」
その言葉に釣られ、人々は一斉に空を見上げる。
すると体つきの良い男性神が、翼を広げながらゆっくりと降りてくるではないか。
アイドースも空を見上げるが、背の高い人々が視界を遮るので、誰なのかわからない。
「だぁれ? 兄たま?」
人々が広場の中心に向かって一斉にひざまずき、ようやく視界がクリアになると、アイドースは目を丸くして驚いた。
お仕事が忙しくてなかなか会えない、大好きな父が目の前にいたのだ。
「父しゃま! 父しゃま!! 父しゃま!!!」
気がつけばアイドースは、アストライオスに飛びついていた。父は優しく愛娘を抱き抱える。
「迎えに来たよ、お転婆さん」
「あのね、あのね、あのね。人間さんたちが遊んでくれたんだよ! ご飯も美味しかったし、ベッドもフカフカだったの!」
「そうかそうか。良くしてもらったのだな」
アストライオスは、人々に向き直すと、自己紹介する。
「星空の神アストライオスである。此度は娘を救い上げてくれたこと、大義であった。感謝の念を其方らに伝えたい」
「えっ!? えっ!? え〜〜っ!? ほ、星空の神様でございますか!? い、いえっ、身に余る光栄でございます!!」
迎えに来た神が想定外に大物と知り、人々は一斉に恐縮する。
「はははっ。そう畏まらずともよい。其方たちには心から感謝しているのだ。今日はこのまま帰るが、褒美は日を改めて授けさせてくれ」
するとアイドースは一瞬で不機嫌になる。
「え〜、もう帰っちゃうの? まだ朝だよ? もっと遊びたい」
「二日も留守にしていたのだ。母さまを安心させてあげなさい」
アイドースは渋々うなずいた。
こうして天空を騒がせた『アイドース失踪事件』は、無事解決するのだった。
次の日。
アストライオスは再び人間の村に降臨する。アイドースと共に。
「ええっと……、ア、アストライオス様? これは一体どういうことでしょうか?」
幼い女神が若者と遊ぶ姿を横目で見つつ、村長は恐縮と困惑が入り混じった笑みを浮かべながら星空の神に尋ねる。
「うむ。実はな。知っての通り、我は星空を司る神である。しかし我が娘は廉恥を司る女神。どのように教育すべきか、どうすれば才能を伸ばしてやれるのか、わからぬのだ」
「それは確かに大変でございますな。私どもで何かお手伝いができましたら良いのですが……」
するとアストライオスはにこやかに笑いだす。
「さすがは黄金の種族である。まさか其方らから協力を申し出てくれるとは思わなかったぞ♩」
「……と、申しますと?」
あれ? 何か失言した? バッドコミュニケーション? 内心冷や汗をかく村長だったが、アストライオスは構わず話を続ける。
「昼の間、我が娘を預かって欲しいのだ」
「えっ!? お嬢様をですか? それはつまり、私どもに女神様の教育係をせよと。さすがにそれは荷が重すぎると申しますか…」
「いやいや、難しく考えずとも良い。普段通り接して、遊び相手をするだけで良いのだ。前々から評判は聞いておったが、直に会って確信した。娘の情操教育には、其方らが誰よりも相応しいとな。だから頼む。この通りだ!」
「ひええええっ!? ど、どうか頭をあげてくださいませ! わかりました! わかりましたから!」
こうしてアストライオスとアイドースの人間村通いが始まった。
毎日朝になると娘を送り、夕方になると迎えに来る。
それは現在の日本に例えるなら、保育園に送り迎えする親子の姿に似ているかもしれない。
それはアイドースにとっては最も幸せな時間だった。アストライオスにとってもそうだろう。
人間との遊びを通して、アイドースは少しずつ、少しずつ、廉恥の何たるかを学んでゆく。
そして気がつけば、百年以上の時が経過していた。人にとっては長い時の流れも、神にとっては一瞬だった。
別れの時が迫っていた。
続く
むぅ〜! 「星々(アストラ)」がルビになってくれない〜〜〜(><)
いろいろ試してみたところ、どうやら「々」が原因のようです。
「星星」ならルビになるんですけどね。




