ノベル第3話 星の乙女に悲しき過去(1)
すみません。
長らく行き詰まっておりましたが、なんとか再開です。
乙女は突然目を覚ました。
夢の中に響いた自分の悲鳴に驚いて、目覚めてしまった。
絶望的な青銅の悪夢だった。
溢れる涙を拭いながら、乙女は体を起こす。周囲を見渡せば、そこは雲の丘の上だった。
乙女は恐る恐る両手を確かめる。幸いにも血に塗れてはいなかった。
酔いが覚めるといつでもこうだ。
嫌なことばかり思い出して、油断すると涙が止まらなくなってしまう。
乙女は体を丸め、膝に顔を埋めると、想いにふける。
幼い頃は幸せだった。毎日が楽しかった。
だけど今では、あの頃の幸せが呪いとなって、まとわりついている。いつまでも、どこまでも……。
アイドースが生まれたのは、クロノス王が世界を支配していた頃。いわゆる『黄金時代』の末期だった。
偉大なる父は星空の神アストライオス。太陽系防衛組織の総司令で、星々(アストラ)と共に外宇宙からの脅威と日夜戦い続けているため、屋敷を開けることが多かった。
優しき母は暁の女神エオス。多忙な夫に代わって留守を預かり、侍女のニュンペーたちと共に、幾度もの死線をくぐり抜けてきた男たちの『帰る場所』を守っていた。
最初の兄たち、星々(アストラ)とは、まだ一度も会ったことはない。夜空に瞬く数えきれない星々が兄なのだと言われても、ピンとこなかった。話によると太陽系の外縁部、『オールトの雲』と呼ばれる領域を主戦場として、外敵相手に暴れ回っているそうだ。
次の兄たち、宵の明星へスペロスと、暁の明星ポースポロスは、第一防衛ライン『オールトの雲』を突破した外敵を撃破する、第二防衛ラインの遊撃隊として活躍していた。
歳の近い兄たちは、ボレアス、ノトス、ゼピュロス。風を司るアネモイ三兄弟だった。明星兄弟が外敵を撃ち漏らし、地球圏への侵入を許した際に、最終防衛ラインを担う。……が、当時は青臭い若造で役目も分からず、屋敷でくすぶっていた。
そして最後に生まれたのがアイドース。初めての娘に、アストライオスは狂喜乱舞したと聞くが、同時に教育方針について頭を抱えたそうだ。何しろアイドースは廉恥を司る女神。その意味は心が清らかで、恥を知る心が優れていること。いうなれば道徳である。武闘派の父には、可愛い娘にどのように接すれば良いか、どのように道徳を教えれば良いのかが分からなかったのだ。
アイドースが初めて絶望を経験したのは、幼女の頃になる。
アイドースの世話はニュンペーの侍女が務めたが、天空の屋敷の周囲に同世代の子供がいるはずもない。なので遊び相手は歳が近く、暇を持て余していたアネモイ兄弟が引き受けることとなったが、実際に遊んでくれたのはノトス兄だけだった。
眠っている時以外は、いつも「兄たま、兄たま」と、ノトス兄の背中を追いかけていた。手を繋いだり、抱っこしてもらったり、いつも甘えていた。
でも、それは兄にとっては子守でしかない。もしかしたら、負担だったのかもしれない。
そんなある日、アネモイ三兄弟全員が屋敷からいなくなってしまった。置き手紙には「自分試しの旅に出る」と書かれていた。
今ならわかる。若い兄たちには必要だったと。大人になるための通過儀礼だったのだと。しかし幼なかったあの頃のアイドースにわかるはずもない。幼子は泣いた。「大好きな兄に捨てられたのだ」と泣いた。激しく泣いた。泣いて泣いて泣き尽くして、それでも寂しくて、兄の背中を追いかけずにはいられなかった。
そんな時、突然思い出した。兄たちがいなくなる前日のことを。
昼食の後、アイドースはノトス兄に連れられて、近場の丘へ散歩に出かけた。その時、道の途中で茂みで隠された洞窟を見つける。大人なら屈まないと入れない、小さな小さな雲でできた洞窟だった。
ノトス兄は興味津々で洞窟に入っていくが、洞窟の中は暗く、アイドースは怖くて入り口で待った。程なくしてノトス兄は戻ってきたが、「何もなかったよ」と呟く兄の目は輝いていた。
兄たまは洞窟にいる! 直感的に確信したアイドースは、侍女の目を盗んで屋敷を抜け出した。
洞窟の中は変わらず暗く、怖かった。でもきっと、きっとこの中に兄たまはいる! アイドースはなけなしの勇気を振り絞り、闇の中へと足を踏み入れた。
天空世界に岩や土はない。雲が代わりをしていた。だから草木のない洞窟の中は、雲でできていた。雲の洞窟は下へ下へと続いていた。
「兄たま!」
アイドースは恐怖を紛らわそうと、ノトス兄を呼ぶ。声が反響するが、誰の返事もない。
「兄たま! どこ〜!」
やはり返事はない。下へ下へと下っていくと、入り口の明かりが見えなくなっていく。すると今度は、進む先が徐々に明るくなってきた。
たどり着いた底には、光り輝く泉があった。周囲を見回すが他に道はない。ここが終点のようだ。
「兄たま……いない。どこにもいない……」
半べそをかいたアイドースだが、ふと光り輝く泉に目が止まる。近づいてそっと泉を覗くと、底には黄金に輝く広大な世界が広がっていた。とても綺麗だった。
アイドースはもっと見ようと身を乗り出すが、その途端、泉に落ちてしまう。慌てて泉の縁を掴もうとするも、手が届かない。
泳ぎを知らないアイドースは必死に手足を動かすが、体は徐々に底へと沈んでいき、意識が遠のいていく。
そして……
気がついたら、知らない部屋のベッドに寝かされていた。お屋敷とは違う、見たことのない天井だった。
「ああよかった! お目覚めになったのですね、女神様!」
若い声に釣られて振り返ったアイドースは、ギョッとする。看病していたのはニュンペーではない。見たことのない生物だった。
言葉は通じるし、知性も感じられる。だがしかし……
頭の下に体があり、そこから手足が伸びている。
2本足で直立歩行している。
2本の腕があり、手で道具を扱う。
顔に目、鼻、口がある。
原始的な服こそ身に纏っているが、全身は鱗状の皮膚に覆われている。
例えるならトカゲ……。あるいは恐竜だろうか? 神々とは似ても似つかなかった。
アイドースは恐る恐る尋ねる。
「あんた、だぁれ?」
「おおっ! これはこれは、大変失礼いたしました、女神様」
見たことのない生物は、仰々しくかしこまると、アイドースに挨拶する。
「我々は、神々に仕える奉仕種族にございます」
そして笑顔を向けると、こう言った。
「名前を『人間』と、申します」
続く
たまたま知った『オールトの雲』の存在をきっかけに、
あそこが太陽系の第1防衛ラインでは? という妄想がきっかけで、
アストライオス一家と謎の円盤UFOってなんか似てない? という発想に辿り着き、
一気に書き上がっちゃいました(笑)




