第96話 暴挙
ロンドン郊外、暗雲が低く垂れ込める軍港軍営。
密室に集まったのは、イギリス陸海軍の若手・中堅将校たちであった。彼らの多くは公爵や子爵の二男、三男であり、高級士官の階級を金と血筋で買い取った貴族の若者たちだ。
「……見たか、今日の港を! フランスの『新規則』に従わねば、我が国の船すら自由に寄港できんのだぞ!」
若き海軍大佐が、怒りに震える拳でテーブルを叩いた。彼はある公爵家の三男であり、本来なら軍功を上げて本家に並ぶ栄誉を手にするはずの男だった。
「政治家どもや海軍省の老いぼれどもは、マサトというフランスの青二才の脅しに怯え、屈辱的な協定に署名した! だが、このままフランスの軍門に下れば、我ら貴族の未来も、イギリスの栄光もすべて潰え去るぞ!」
「そうだ! 奴らの強さなど『鉄の船』というからくりに過ぎん!」
陸軍少佐、子爵家の二男が立ち上がり、目を血走らせて同調した。
「あのマサトさえ討ち取れば、あるいはフランスの『製鉄所』と『給炭港』を奇襲して破壊すれば、奴らの張り子の虎など一瞬で崩れ去る! 政府が動かんのなら、我ら軍の主力が直接立ち上がるまでだ!」
彼らにとって、マサト総裁が進める「経済と技術によるルール作り」は、自分たちの特権や名誉を根底から脅かす邪悪なものに見えていたのだ。
「マサトを倒せば一発逆転の英雄になれる」という焦りと功名心が、若い将校たちの理性を完全に狂わせていた。
そして、彼らの暴走を止めるべき上級将校自らも貴族の血を引く司令官たちもまた、自国の権威が失われていく屈辱に耐えかね、この「無許可の奇襲作戦」を黙認、そして陰で兵力を動かすことに同意してしまったのだ。
深夜、激しい雨が打ちつけるノルマンディー沿岸。
闇と怒濤の音に紛れ、無数のボートと大型運搬船が砂浜へと押し寄せていた。
「急げ! 馬を揚げろ! 大砲を急がせろ!」
雨煙の中で低く指揮を執るのは、イギリス貴族の次男・三男たちで構成された「私設進撃軍」の将校たちだ。彼らは本国政府の意向を完全に無視し、独断で軍を動かした。
「マサトの野郎が誇る『鉄と蒸気』……その根源はすべて内陸の『アランソン』という街の工場群で作られている! 港の船など撃沈したところで意味はない。アランソンの製鉄所と機関車工場を奇襲して火の海に包めば、フランスの軍勢などただの骨組みよ!」
「そうだ! アランソンさえ潰せば、我らはイギリスを救った英雄としてロンドンへ凱旋できるぞ!」
功名心と選民意識に狂った貴族将校たちは、イギリス本国の正規兵や雇われ兵数万を率い、ノルマンディーの砂浜から一気に内陸のアランソンを目指して強行軍を開始した。




