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異世界転生してやっぱ中世ヨーロッパっぽいなって思ってたら近世ヨーロッパに転生してました…  作者: あああ


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第88話 制海権

北部の港町ブローニュ=シュル=メールのドック。


潮風と潮騒に混ざって、ここでは鉄を打つ金属音と、高圧の蒸気が漏れ出すプシューという重厚な音が響き渡っていた。


「……なるほど。マサト総裁が以前、あのネルソンの鼻先を掠めて見せた試作艇……あれの大型化と本格的な実戦配備というわけですな」


 ドックの足場の上に立ち、巨大な鉄の骨組みを見上げながら、ラトゥーシュ=トレヴィル提督が静かに呟いた。その目は、海軍の現場を熟知したプロの鋭さに満ちている。


「あの時は試作艇で、あくまで牽制と攪乱が目的だった。だが今回は違う」


 俺は提督の隣に立ち、建造中の船体を見上げた。


「外洋での航行に耐え、イギリスの120門艦の集中砲火を弾き返す『本物の装甲艦』だ。だが提督、現場の視点から見てどうだ? 帆船に慣れ親しんだ乗組員たちに、この『鉄の船』が扱えると思うか?」


 ラトゥーシュ=トレヴィルは顎に手を当て、フッと不敵に口元を緩めた。


「正直に申し上げれば、最初は現場の水夫どもも戸惑うでしょうな。『風も吹いていないのに炭をくべて進むなど、海の神に対する不敬だ』などと抜かす老兵もおります」


「そうだろうな」


「ですがね、マサト総裁。風待ちで何週間も足止めされ、イギリス艦隊に港を締め上げられる惨めさに比べれば、蒸気の熱と煤に塗れることなど大した問題ではありません。……何より」


 提督は建造中の船体にそっと手を触れ、愛おしそうに撫でた。


「あのネルソンという男は勘が異様に鋭い。一度マサト総裁の試作艇を目撃した以上、あいつは夜も眠れず『フランスの蒸気船』の脅威をロンドンの海軍省に訴え続けているはずです。イギリス側も必死で対策を練っているでしょう」


「ああ、ネルソンの報告書を受けたロンドンは、すでに木造艦の補強や蒸気機関の研究に躍起になっているという情報が入っている」


「ならば、我々がやるべきは『派手なお披露目』ではありません」


 ラトゥーシュ=トレヴィルは真剣な眼差しで俺に向き直った。


「泥臭い訓練と、さらなる改良です。蒸気機関の故障対策、装甲の厚みと速度の限界点、そして『風の影響を受けない船』に合わせた新しい海軍戦術の構築……。ネルソンが追いついてくる前に、我々はこの鉄の船を完璧な『兵器』へと仕立て上げねばなりません」


「……いい目だな、提督。まさに俺が求めていた答えだ」


 俺とラトゥーシュ=トレヴィルが固い握手を交わしていると、ドックの背後の鉄路からボォォォッという汽笛が響いた。


 アランソンの製鉄所から、試作された新しい「側面装甲板」と「高圧ボイラーの部品」を満載した貨物列車が滑り込んできたのだ。


「見ろ、ナポレオンの言っていた『陸と海の融合』だ」


 提督が感心したように列車を見つめる。


「工場で鋳造された鉄が、鉄道を通って数日でこの港に届く。イギリスが木材を集めて船を造るのに何年もかけている間に、我々は数ヶ月でこの鉄の城を組み上げられる……。この『物流の差』こそが、ネルソンに対する最大の武器ですな」


「ああ。派手な戦いはいらない。着実に、確実に……海の支配権をひっくり返す準備を進めよう」


 港に響く鉄槌の音と、静かに吹き出す白い蒸気。


直接的な衝突のない静寂の中で、フランス海軍の「内なる革命」が、職人たちと提督の手によって着々と押し進められていた。

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