第85話 ブリカス
ピレネー山脈を貫く鉄道の建設が始まって数ヶ月。
工事は順調に進むかに見えたが、スペイン北部で不穏な事件が相次いでいた。夜間に線路の木材が放火され、建設資材を運ぶ馬車が何者かに襲撃される事案が頻発したのだ。
「マサト総裁、犯人のアジトから押収した銃です」
パリの執務室で、ナポレオンが苦々しい顔で一丁のライフルをデスクに叩きつけた。
その銃身には、削られているがイギリス王室の刻印がはっきりと刻まれていた。
「やっぱりイギリスか」
「ああ。アミアンで講和条約を結んだ手前、あいつらは表立って軍を出せない。だから旧国王派の残党や反仏ゲリラに資金と最新の銃を横流しして、俺たちの鉄道建設を裏から邪魔しているんだ」
イギリスの狙いは明白だった。
フランスと直接戦火を交えることなく、スペインを泥沼の内戦状態に落とし込み、フランスの資金と労力をピレネーの泥濘に沈めようというのだ。まさに「代理戦争」だった。講和を結んでそこまで時が経っていないのに、ここまでするとは流石ブリカスと言える。
「……汚い真似をする。講和の紙切れなど、あいつらにとっては時間稼ぎに過ぎなかったというわけだ」
ラ=ファイエットが不快そうに眉をひそめる。だが、俺は冷ややかな笑みを浮かべた。
「表から軍隊を出せないのは、あちらも同じです。イギリスが陰で泥臭い手を使うなら、こちらは『新時代のやり方』でその影を叩き潰しましょう」
「新時代のやり方だと?」
ナポレオンが身を乗り出す。俺は地図の上に、いくつかの拠点を指差しした。
「ナポレオン、お前が率いる『産業保全隊』を私服と軽装備に変装させ、建設資材の防衛名目で現地へ送り込む。イギリスが海から密輸してくるルートを、我が国の蒸気警備艇と沿岸鉄道網で完全に遮断するんだ」
「了解しました、ゲリラ狩りですね。イギリスのコソ泥どもを返り討ちにしてやります。」
「それだけじゃない」
俺は手帳を広げ、次の指示を出した。
「襲撃に加わっている現地住民の多くは、イギリスの撒いた金目当てだ。なら、俺たちはそれ以上の『高給と食料』で彼らを鉄道建設の作業員として雇い入れる」
「……! 敵の兵力を、作業員として買い取るのか!?」
「そうだ。銃を握って怯えながらイギリスの小銭をもらうか、温かい食事と高い給料をもらって鉄路を敷くか……答えは火を見るより明らかだ。イギリスの資金力を、我が国の圧倒的な『インフラ経済力』で上書きしてやる」
数週間後、スペイン北部。
イギリスの密輸船が夜陰に乗じて海岸へ接岸しようとした瞬間、暗闇の中から探照灯の光が照射され、ナポレオン率いる保全隊が一斉に襲いかかった。
「な、なぜここにフランスの警備隊が……ッ!?」
「ロンドンの狐どもに伝えろ!」
ナポレオンが銃声を響かせ、冷酷に告げる。
「紙の上で講和を結ぼうが、裏でコソコソ動こうが……俺たちの進撃は止められない!」




