第83話 還元
パリ中央駅の雑踏は、朝から活気に満ちあふれていた。
ほんの数年前まで、泥に塗れた馬車と一握りの富裕層しか行き交わなかったこの場所に、今は色とりどりの服を着た農民、商人、そして子供たちの笑顔が弾けている。
「おい、見たか!? 直送された今朝の採れたて野菜だぞ!」
「南部の新鮮な魚介が、鉄道で夕方にはパリに届くんだから、本当に夢みたいだよ!」
市場から聞こえてくる威勢の良い声に、俺は駅を見下ろすバルコニーで、淹れたてのコーヒーを味わいながら目を細めた。
対仏大同盟との戦争が終わり、軍事最優先だった鉄道網が民生用に完全解放されてから半年。
マサトが敷き詰めた「鉄道」は、フランスの日常を劇的に変え始めていた。
「素晴らしい光景だな、マサト殿」
隣に立ったラ=ファイエットが、感極まった様子で街を見渡す。
「以前なら、地方の農作物は輸送の途中で腐り、都心部では食料不足で暴動が起きていた。それが今では、鉄道のおかげで全国へ行き届き、物価も驚くほど下がった。市民たちの顔から『飢えへの恐怖』が消えたよ」
「ええ。物流が繋がれば、物は安くなり、経済は回る。……それだけじゃありませんよ」
俺は駅の掲示板を指差した。そこには、フランス各都市へ向かう「定期旅客列車」の時間割と、手頃な乗車賃が張り出されていた。
「これまでは一生を生まれ育った村で終えるのが普通だった平民たちが、今では数日の旅でパリや海の町へ行けるようになった。各地の文化が交ざり合い、言葉の訛りすら統一されつつあります。『一つのフランス』という意識が、鉄路によって形作られているんです」
その日の午後、俺たちは新たな駅の視察を兼ねて、地方のとある小都市と足を運んでいた。
かつては田園風景が広がる静かな農村だったその町は、今や巨大な「物流ハブ」へと変貌を遂げていた。
「総裁! ご覧ください!」
駆け寄ってきた現地のアラマサ自警団出身の若者が、興奮気味に新しい工場群を指差した。
「アランソンの最新工場から届いた『蒸気農機具』のおかげで、農作業の効率が十倍以上に跳ね上がりました! 余った人手は駅前の新しい紡績工場で働き始め、地方でも現金収入を得られるようになっています!」
駅前には新しい学校や病院が建設され、蒸気機関の熱を利用した公衆浴場まで賑わいを見せている。
若者たちが未来に希望を抱き、活気あふれる声で笑い合っていた。
戦争の道具として生まれかけた鉄道は、いまや人々の生活を豊かにし、貧困を撲滅するための「希望の動脈」となっていたのだ。
夕刻、パリへと戻る特別列車の客室。
窓の外を流れる美しいフランスの田園風景を眺めながら、ラ=ファイエットがワイングラスを傾けた。
「かつて王家や貴族たちが贅沢のために使っていた金や富を、君はこうして『国家全体のインフラ』へと還元させた。大砲や剣で国を守るより、ずっと誇り高い勝利だな」
「まだまだ序章ですよ」
俺は微笑み、手元の手帳を開いた。
「食料と生活が完全に安定したら、次は教育と医療の拡充です。アランソンの技術を全国の学校に広め、誰もが文字と科学を学べる環境を作ります。豊かになったフランスは、もう誰にも倒せません」




