第80話 外交と戦争
山あいを揺るがす地鳴りとともに、無数の軍用列車から吐き出されたナポレオン率いるフランス主力軍。
「挟み撃ちだ! 叩き潰せ!」
ナポレオンの鋭い号令とともに、東部から駆けつけたフランスの精鋭たちがスペイン軍の横腹へ嵐のように襲いかかった。
「側面から大軍だ!」
「東部にいたはずの主力がなぜここにいる!?これは幻覚なのか?!」
極度の疲労と睡眠不足、そして絶え間ない奇襲によって精神的に追い詰められていたスペイン軍は、突如として出現したフランス主力軍を前に、一瞬でパニックに陥った。
「落ち着け! 陣形を立て直せ!」
スペイン軍の最高指揮官が必死に叫ぶが、狂気に囚われた兵士たちには届かない。スペイン軍は恐慌状態で、勝手に逃亡するものがいたり、勝手に銃を撃つやつもいる。この状態になったら、例え歴戦の指揮官でも立て直しは不可能に近い。
山あいの入り組んだ地形が、今度は敵にとって仇となった。
道が狭く足場が悪いせいで統制の取れた撤退すらできず、挟み撃ちにされたスペイン軍の先鋒と中央は次々と粉砕されていく。
「くそっ……! これ以上は維持できん! 退却だ!退却!」
指揮官は絶望の叫びを上げると、まだ壊滅を免れていた一部の側翼部隊など近辺の部隊だけを連れ、スペインへと潰走していった。
重い大砲や膨大な物資をすべて戦場に投げ打ち、ただ命を守るためだけに逃げていくスペイン軍の背中。
マサト率いる自警団と現地部隊の粘り強い時間稼ぎと、ナポレオンの電撃的な大移動。二人の連携が、数万の敵軍を完全に戦意喪失させて敗走せしめた瞬間だった。
数日後、パリ。
いつもの凱旋であれば、兵士たちが隊列を組み、埃と泥にまみれて街頭を行軍するのが通例だった。
だが、今回の凱旋はパリ市民の誰もが見たこともない光景となった。
ボォォォォォッ!!
漆黒の重圧感を放つ巨大な蒸気機関車が、煙を高く吹き上げながら、新たに建設されたパリ中央駅のホームへ次々と滑り込んでくる。
列車の無蓋車には、鹵獲した大量のスペイン軍の大砲や軍旗が飾られ、その横には最新鋭のライフルを構えた誇らしげな兵士たちが並んでいた。
「おい見ろ!あの鉄の箱がスペイン軍旗とかを持って帰ってきてるぞ!?」
「あんな巨大な鉄の塊に乗って、スペインの国境から戻ってきたというのか!?」
駅や線路脇を埋め尽くした大群衆から、耳を裂くような大歓声と驚愕の悲鳴が上がる。
今回の凱旋は、単なる「勝利の祝賀」ではない。
マサトとラ=ファイエットが仕掛けた、全ヨーロッパに対する「巨大な軍事デモンストレーション」だった。
ホームに降り立ったマサトとナポレオンを出迎えたのは、政庁を守っていたもう一人の総裁、ラ=ファイエットだった。
「見事だ、二人とも。東のオーストリア・プロイセンを退け、南のスペインを追い払った。……これでフランスを囲んでいた包囲網はまともに機能しなくなるだろう」
ラ=ファイエットが頼もしく微笑み、二人の肩を力強く叩く。
マサトは駅に集まった記者たちや大衆に向けて、静かに、しかし力強く語りかけた。
「我が国の兵は、もう徒歩で戦場へ向かうことはない。国境を侵す者がいれば、我が軍は『鉄道』を通って、いつでも、どこにでも瞬時に現れる」
マサトの言葉を裏付けるように、背後で蒸気機関車が激しい蒸気を吹き上げた。
勝利を祝う人々の狂乱の中で、ラ=ファイエット総裁がマサトの隣に並び、不敵な笑みを浮かべる。
「いい見せしめになったな、マサト殿。これでロンドンの弱虫どもも、安安と海を渡って攻め込んでは来られまい」
「ああ。……だが、総裁である私たちの仕事はここからだ」
マサトはパリの北の方角を見た。
「直接戦火を交える戦争を終わらせたら、今度は外交での戦争だ。あの国に軽い気持ちで攻め込むと大火傷してしまう。フランスも島国だったらいいのにな……」
全ヨーロッパを震撼させた「対仏大同盟によるフランス侵攻」は、前評判を覆してフランスの劇的大勝利によって幕を閉じた。




