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異世界転生してやっぱ中世ヨーロッパっぽいなって思ってたら近世ヨーロッパに転生してました…  作者: あああ


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第73話 生まれ変わり

巨大な鉄の塊が、白い吐息を勢いよく吐き出しながら、地面を鳴らしてゆっくりと前へ進み始める。重厚な金属音が線路に響き渡り、やがて一定の規則正しいリズムへと変わっていった。


「……動いた」


 誰かが息を呑むような掠れ声で呟いた。

 俺はその光景から目を逸らすことなく、ただ黙って見つめていた。



 アランソンの工房で幾度となく失敗を重ね、夜を徹して調整を続けてきた蒸気機関車。いま目の前で黒煙を上げるそれは、単なる試作品などではない。人と荷を乗せ、決められた鉄の道を過ちなく運ぶ――俺たちの野望を乗せた、最初の「鉄の疾走」だった。


「マサトさん!」


 レオが興奮を隠しきれない顔で、線路脇を駆け寄ってくる。


「予定通りです! 馬車なら半日近くかかる距離を、こいつは一時間もかからずに走り切りましたよ!」


「積載量はどうだ?」


「石炭を含めて馬車数台分です。しかも……馬と違って、どれだけ走らせても一切疲れを知りません!」


「……上出来だな」


 吐き出される白煙の先へ目を向ける。

 これまでアランソンの物流は、すべて馬車と悪路との戦いだった。道がぬかるめば到着は遅れ、雨が降れば途中で足止めを喰らう。馬が倒れれば荷は止まり、一度に運べる量にも限界があった。


 だが、この鉄の道は違う。一度でも線路を敷いてしまえば、天候を突き破り、一定の速度で、何度でも同じ場所を往復できるのだ。


「これなら、石炭の輸送費も大幅に削削できるな」


 隣に立ったジャンが、帳簿をめくっていた。


「ああ。原料を安く運べれば、それだけ工場の生産量は跳ね上がる。完成した商品も、今まで届かなかった遠方の市場へ一気に売りに行ける」


 狙いはレースだけじゃない。鉄、石炭、食料、木材。今まで高額な輸送費のせいで採算が合わず、見捨てられていたあらゆる物資が、一瞬にして利益を生む商品へと化けるのだ。


「つまり……市場そのものの概念が拡張される、と」


「そういうことだ」


 ジャンの呟きに短く頷く。だが、俺が本当に見据えているのは、単なる金の流れではなかった。


「マサト?」


 怪訝そうに覗き込んでくるジャンに、俺は線路の先を指差してみせた。


「軍だ。この鉄道は、戦争という概念そのもの

を根底から塗り替える」


「……戦争をか?」


「ああ」


 今まで、大砲を一門運ぶだけでもどれほどの労力がかかっていた? 砲弾、火薬、そして兵士たちの膨大な食料。それらを運ぶためにさらに大量の馬を連れ、ノロノロと行軍する。戦場にたどり着く頃には、軍隊は戦う前からすでに消耗し切っているのが常だった。

 だが、この鉄の塊があればどうなる。


「鉄道なら兵士だけじゃない。何十門もの大砲、山のような砲弾、食料まで……すべてを一括で、一瞬にして遠方へ送り出せる」


 俺は胸元から地図を取り出し、地表に広げた。

 アランソン。そしてパリ。さらにその先にある港へと指で線をなぞる。


「戦場のすぐ後ろまで鉄の道を伸ばせば、前線は途切れることのない物資の補給を受け続けられる」


「……兵站を、完全に鉄道へと依存させるということか?」


 レオも息を呑み、地図の上を滑る俺の指を凝視する。


「そうだ。戦争は強い兵士がいるだけじゃ勝てない。銃があっても弾がなければただの棒切れだし、大砲があっても砲弾が届かなければ鉄のゴミだ。どれほど精鋭であっても、腹が減れば戦えない。鉄道はな、兵士を強くする兵器じゃないんだ」


 俺は力強く地図を叩いた。


「兵士を『完璧に戦える状態のまま』、一瞬で最前線へ送り込むためのシステムなんだよ」


 静まり返る空気のなか、誰も言葉を発することができない。


 それは従来のミリタリーの常識を覆す過酷なリアリズムだった。軍隊の移動速度が劇的に跳ね上がるということは、すなわち「動員にかかる時間も、劇的に短縮される」


 ジャンの声が、かすかに震えていた。


「……国内のあらゆる場所から、一瞬で兵を集められると?」


「ああ。どこかの国境で敵が侵入したとする。その知らせを受け取った瞬間、駅に兵を集め、列車に押し込み、目的地へ直行させる。到着した兵士たちは疲労もなく、そのまま全力で戦闘を開始できる」


「戦争の『速度』そのものが変わってしまう……」


 俺は静かに頷き、羊皮紙の地図の上に一本の長い赤線を引いた。


「だが、まだ不十分だ。フランス全土にこの鉄の網を張り巡らせる」


「ぜ、全国!?」


ジャンがひっくり返ったような声を上げた。一瞬絶句したものの、すぐに呆れたような苦笑いを浮かべて肩をすくめる。


「……いや、びっくりはしたが、マサトなら問題ないか。他の奴が言い出したら正気を疑うところだが、お前ならそれだけの予算だって無限に集めてみせるだろ」


「当然、集めてみせるさ」


 俺は口元をほころばせ、赤ペンを握り直した。

 アランソンからパリへ、パリから各地の都市、そして国境と港へ。赤い線が網の目のように伸び、フランスの地図を塗り替えていく。


 鉄道はただの道具じゃない。人と物を動かし、街と街を繋ぎ、この国そのものを一つの巨大な組織へと変革するための血管だ。


「これが完成した時……フランスは、今までとは完全に別の国家へ生まれ変わる」

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