第71話 株式
全国鉄道網と国家工業化の構想をぶち上げてから数日。
俺の執務室には、パリの財政官や工学学者、さらにはアランソンから急遽呼び寄せた技師のドニたちが集まっていた。
「マサト総裁……本当にパリからアランソンまでの全区間に、あの『鉄道』を敷くのですか!? 一体どれほどの鉄と予算が必要になるか……!」
財務官が汗を拭いながら提示した見積書は、国家予算を傾けかねない莫大な金額だった。
だが、俺は不敵に微笑んで首を振る。
「予算の心配はいりません。エジプト遠征の勝利で地中海の貿易ルートが拓け、パリの豪商や投資家たちが新しい投資先を探しています。彼らに『鉄道会社』の株式(株券)を発行し、民間資本を集めましょう」
「か、株式……!? 国の事業に民間の金を募り、成功の利益を還元するシステムですか!?」
「その通りです。そして、この産業革命のエンジンとなるのは彼らです」
俺が視線を送ると、照れくさそうに胸を張ったのは、アランソンの泥臭い作業着を着たドニだった。
「紹介しましょう。アランソンで蒸気機関と近代製鉄の基礎を作り上げた、我が国の宝である技術者です。本日をもって彼らを最高責任者とする『国家産業振興庁』をパリに設立します」
「おいおいマサト、俺たちみたいな田舎の職人が国家の機関のトップだなんて、冗談だろ……!?」
驚くドニの肩を、俺はガシッと掴んだ。
「冗談なもんか。学者の理屈じゃなく、実際に現場で機械を動かしてきたお前たちの腕が必要なんだ。ドニ、アランソンで作った小型蒸気機関を大型化し、何百トンもの物資を引ける『蒸気機関車』の第一号を完成させてくれ」
「……へっ、言ってくれるじゃねえか。マサトがそこまで信じてくれるなら、やってやろうじゃねえか! パリの秀才どもを驚かせる最高のバケモノ機関車を作ってやるぜ!」
ドニが目を輝かせて拳を握りしめると、周囲の学者たちもその圧倒的な熱量に気圧されつつも、未知の技術への好奇心で顔つきが変わっていく。
それからのパリの動きは早かった。
マサトの発案した「鉄道株式」は発表されるや否や、未来の技術に期待する市民や投資家の間で飛ぶように売れ、瞬く間に膨大な建設資金が集まった。
そして数ヶ月後。
パリ郊外の広大な平原には、大量の鉄製レールが敷かれ、アランソンの鍛冶工場から運ばれてきた黒光りする巨大な鉄の塊……『蒸気機関車試作一号機』が鎮座していた。
式典には、ラ=ファイエットやナポレオンをはじめ、物珍しそうに集まった数千人のパリ市民が大押し寄せていた。
「おい、見ろよ! 馬も引いてないのに、あの鉄の箱が動くはずがないだろ!」
「いや、マサト総裁のやることだぞ! エジプトでイギリスに苦虫を潰させた総裁だぞ!?」
観衆が固唾をのんで見守る中、ドニが機関車の運転席から身を乗り出し、俺に向かって大きくサムズアップしてみせた。
俺が頷き、右手を高く掲げて振り下ろす。
「シュシューーッ!! ガタゴト、ガタゴト……」
空へ向かって白い蒸気が勢いよく吹き上がり、地面を揺らす重厚な駆動音が響き渡る。
黒い鉄のバケモノは、何十トンもの荷物を載せた客車を引き連れ、滑らかに、そして力強くレールの上を走り始めた。
「動いた……! 馬なしで、あんな巨大な鉄塊が走っているぞ!!」
「うおおおっ! マサト総裁万歳! フランス万歳!!」
地鳴りのような大歓声がパリの空に響き渡る。
驚愕に目を見張るナポレオンの横で、俺は力強く煙を吐き出して進む機関車を見つめていた。
よし……まずは第一歩だ。この鉄の道がフランス全土を繋ぐ時、この国は誰も追いつけない最強の工業国家になる!
未来の歴史書に刻まれる「フランス産業革命」の壮大な第一章が、今まさに産声を上げた瞬間だった。




