第70話 鉄道
アランソンでの束の間の休日を終え、パリの総裁政府執務室へと戻ってきた俺。
デスクに山積みになっていた書類を一通り片付けると、俺は待ち構えていたラ=ファイエット総裁とナポレオンを呼び出した。
「マサト殿、顔色がずいぶんと良くなったな。アランソンでの休暇は充実していたかい?」
「ええ、最高の充電になりました。……おかげで、この国を次の次元へ引き上げるための『構想』がまとまりましたよ」
俺が壁の巨大なフランス全土の地図の上に広げたのは、新たな数枚の設計図と路線図だった。
ラ=ファイエットとナポレオンが、興味深そうにデスクへと身を乗り出す。
「これは……アランソンで開発されていた蒸気 機関の設計図か?」
「それだけじゃありません。アランソンという一都市で成功した工業化『産業革命』を、フランス全土へ一気に波及させます。……まずはこの『鉄道』から始めましょう」
俺は地図上に引かれた黒い線を指でなぞった。
「パリを中心に、リヨン、マルセイユ、そしてアランソンを結ぶ『蒸気機関車による全国鉄道網』を敷設します。これがあれば、これまで馬車で数日かかっていた物資や兵員移動が、わずか数時間で完了します。物流の速度が跳ね上がり、フランス国内の経済循環は史上一例を見ない速度で加速しますよ」
「……数時間!? 馬車や船を遥かに凌ぐ物流速度だと……!?」
ナポレオンの瞳が爆発的な輝きを放った。軍事の天才である彼には、この「物流改革」が持つ真の恐ろしさが一瞬で理解できたのだ。
「凄まじい……! これがあれば、東の国境に危機が生じた際、数万の精鋭と大砲を一夜にして前線へ送り込めるということですか! 兵站の概念が根本から覆る……!」
「軍事面だけじゃないですよ、ナポレオン。全国の農作物や工業製品が傷む前に大都市へ届くようになり、地方の貧困も完全に解消されます。さらに、アランソンで培った蒸気紡績機や製鉄技術を全国の主要都市に伝播させ、フランスを『世界最大の工業国家』に仕立て上げます」
ラ=ファイエットが感慨深そうに息を漏らした。
「素晴らしい……! フランス革命が民衆に与えたのは『自由』だったが、マサト殿がもたらすのは『真の豊かさ』だな。食料難も失業も、この産業革命の前には過去の不吉な夢となるだろう」
「ええ。イギリスは海軍力で世界を制している気でいますが……我が国は『圧倒的な内政力と工業力』で、奴らを経済の底から押し潰します」
俺が不敵に笑うと、二人は力強く首を縦に振った。
アランソンという小さな工房の町から始まった技術の灯火。
それが今、マサトの手によってフランス全土を照らす巨大な「産業革命の嵐」となって吹き荒れようとしていた。




