第69話 ホーム
パリへの帰路の途中、俺は極秘裏に馬車を走らせていた。
一国のトップとは言え今回はお忍びの帰省のため、護衛は最小限だ。いつの間にか大勢の護衛に囲まれる生活にも慣れてしまっていたよ。
向かった先は、すべての原点である街アランソン。
「……ふぅ、やっと着いたか」
すっかり日が落ちたアランソンの工房兼屋敷。
俺が裏口の扉を押し開けると、そこには食欲をそそる芳しい匂いが充満していた。煮込まれた肉と野菜、そしてかすかに漂う硝煙と金属の匂い。
『おかえりなさい、マサトさん!』
なんと、アランソンの仲間たち全員が出迎えてくれた。これには少し面食らってしまった。
「みんな、ただいま! 元気にしてたか?」
「おいおいマジかよ! 本物のマサトじゃねえか!」
真っ先に駆け寄ってきた鍛冶職人のドニが、ガシッと俺の肩を叩く。さすがは鍛冶屋だ、力が半端じゃなく少し痛いがこれくらい我慢しよう。
「マサト! 無事だったのか! 地中海でイギリスのネルソンとやり合ったって聞いて、俺たちゃ肝が冷えたんだぞ!」
続いて声をかけてきたのは、自警団長のジャンだ。前に会った時よりも体つきが引き締まり、たくましくなったように見える。
「マサトさん、おかえりなさい。 パリで暴漢に襲撃されたってジャンさんから聞いて心配してたんですよ?」
次に声を掛けてきたのは、レースの見習い職人として、この世界で初めて会ったラーブルだ。ラーブルもいつの間にか本物のレース職人と変わらない雰囲気を纏う女性へとなってた。
そこまで長い時間会っていなかったわけではないのに、やけに懐かしく感じるのは、パリで総裁として激務の日々を過ごしていたからだろうか?
「あの襲撃か。怪我は負ったが、もう後遺症もなくすっかり治ったさ」
次に視界に入ったのは、すばしっこい自警団員のレオだ。元々は街で身寄りのない子として拾ったのだが、あの頃の痩せこけた姿とは見違えるほど良い顔つきになっている。
「レオ、元気にしてたか?」
「はい!マサトさんのお陰でジャン団長の元で精進してます!」
「ならよかった、これからもジャンに着いて頑張ってくれよ」
「了解です! マサトさんも皆さん、座ってください! 今夜はラーブルさんが腕を振るったアランソン特製のシチューですよ!」
アランソンで共に汗を流した初期からの仲間たちが、久しぶりに同じテーブルを取り囲んだ。
やがて、大きな木製テーブルの上に、湯気を立てる肉鍋と焼きたてのパン、そしてアランソン名物のリンゴ酒が並べられた。
パリの絢爛豪華な執務室や、最高級の晩餐会とは程遠い、無骨だが温かい食卓。
「かぁーっ! うまい! やっぱラーブルの飯が一番胃に染みるわ」
「当たり前だろ。マサトが作らせた高カロリーな携帯食料もいいが、たまには温かい本物の肉を食わなきゃ力が出ねえよ」
満足そうにスープを啜る俺を見て、技師のドニが嬉しそうに設計図を広げた。
「マサト、お前の言った通りの『蒸気外輪推進』の小型船、アランソンの造船所でバッチリ実用化の目処が立ったぞ! 今回のネルソン相手の足止めでも、かなり役に立ったんだろ?」
「ああ、大活躍だったよ。あれがなきゃ今頃俺は、ネルソンの船の砲架か海底でお魚の餌になってた」
「冗談に聞こえねえからやめろ!」
ドニが豪快に笑い飛ばし、酒杯を干した。
「だがよ、マサト。お前がパリで総裁になって、ナポレオンとかいう凄腕の将軍やラ=ファイエット総裁と世界を相手に大暴れしてるのは誇らしいぜ。街の連中も『俺たちのアランソンから世界を動かす男が出た』って大騒ぎだ」
「……みんなのおかげだよ。お前たちがここで黙々と最高の兵器や物資を作り続けて、アランソンの物流網を守ってくれてるから、俺はパリでハッタリがカマせるんだ」
俺の素直な言葉に、ジャン、ラーブル、ドニ、レオの四人は一瞬驚いたように顔を見合わせ、それから照れくさそうにニシシと笑い合った。
「へっ、柄にもなくしんみりしたこと言い出しやがって」
ジャンが俺のグラスに酒を注ぎ足す。
「いいかマサト、お前がどれだけ偉くなろうと、ここはお前のホームだ。困った時や疲れた時は、いつでも帰ってきてこのシチューを食えばいい」
「……ああ。そうさせてもらうよ」
ネルソンとの息詰まる頭脳戦、ヨーロッパを揺るがす軍略。
そんな緊迫した日常からほんのひととき離れ、俺は気置けない仲間たちとともに、温かい食卓で心から羽を伸ばすのだった。




