第59話 忠誠と野心
トゥーロン港を見下ろすエギレットの丘。
夜闇と激しい雨の中、ナポレオン・ボナパルト大尉はぬかるみに足をと取られながらも、鋭い眼光で眼下の英西連合艦隊を見下ろしていた。
「大尉! アランソンから届いた最新型12ポンド砲、全50門の設置が完了しました! 火薬の防水加工も完璧です!」
「素晴らしい。……勝てる」
ナポレオンの唇に、確信に満ちた笑みが浮かんだ。
旧来の泥臭い正面突撃ではない。マサト総裁たちが提供してくれたのは、正確な規格で作られた大砲と、雨の中でも湿気らない高品質な火薬、そして無限とも思える砲弾の山だ。
「狙うは要塞の兵士ではない。湾内に停泊する イギリス艦隊の旗艦だ。あの丘から高低差を利用して叩き込めば、敵艦隊は湾内に閉じ込められたネズミとなる!」
ナポレオンは腰の軍刀を抜き、天高く掲げた。
「全砲門、照準固定! 撃てぇぇぇっ!!」
暗闇を切り裂く、激しい閃光と轟音。
アランソン製の12ポンド砲が一斉に火を噴き、雨を切り裂いて放たれた砲弾が、湾内に停泊していたイギリス艦隊の甲板を次々と撃ち抜いた。
「な、なんだあの射程と威力は!? どこから撃ってきている!?」
「高地だ! 奴ら、あんな短時間で高地に重砲を引っ張り上げたのか!?」
パニックに陥る敵艦隊。
さらにナポレオンの凄まじさはここからだった。彼はただ漫然と撃ち込むのではなく、砲の冷却時間や弾着点を緻密に計算し、切れ目のない連続砲撃を叩き込ませ続けたのだ。
「補給の心配をするな! マサト総裁が送ってくれた砲弾は山ほどある! 叩き潰せ!」
わずか数時間の集中砲撃により、湾内の敵艦は炎上・沈没。
退路を断たれ、湾ごと火の海に包まれたイギリス・スペイン連合軍は、陣形を維持できずにパニックを起こし、命からがら洋上へと逃げ出していった。
宣言通り、わずか二日。
無能な前司令官が数ヶ月かけても落とせなかった要塞都市トゥーロンは、ナポレオンの天才的な手腕とアランソンの圧倒的火力によって、完璧に奪還されたのだった。
数日後、パリ・国民公会。
「……信じられん。本当に二日でトゥーロンを奪還したというのか!?」
「イギリス艦隊が全滅に近い被害を受けて逃げ出したそうだ!」
勝利の報せに、議場は歓喜の嵐に包まれていた。
壇上に立ったマサトとラ=ファイエットは、顔を見合わせて満足そうに頷き合った。
「見事なものだな、マサト殿。君の目利きは正しかった」
「フッ、期待以上の暴れっぷりでしたね」
二人の呼び出しに応じ、パリへとやってきたナポレオンが堂々とした足取りで壇上へと上がってきた。
戦場帰りの泥と硝煙の匂いを纏わせた若い大尉に対し、ラ=ファイエットが厳かに羊皮紙を掲げた。
「ナポレオン・ボナパルト大尉。君がトゥーロンで見せた殊勲は、我が国の歴史に刻まれるべき快挙である。……本日をもって、君を『大尉』から『師団将軍』へと昇進させる!」
一躍「将軍」への超スピード出世。
議場からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「感謝いたします、両総裁!」
ナポレオンは胸を張り、力強く敬礼した。
マサトはナポレオンの元へ歩み寄ると、その肩をポンと叩き、耳元で小さく囁いた。
「どうだ、ナポレオン将軍。アランソンの大砲の使い心地は?」
「最高でした、マサト総裁。……あのような素晴らしい兵器と全権を私に委ねてくださったこと、生涯忘れません。私の剣と砲兵隊は、常に貴方様と共にあります」
ナポレオンの瞳に宿るのは、絶対的な忠誠と熱き野心。
「頼もしいよ。……だが、満足するのはまだ早い。トゥーロンを失ったオーストリアやイギリスが、本格的にフランスへ攻め込んでくるはずだ」
マサトは不敵な笑みを浮かべ、遠くヨーロッパの地平を見据えた。
「これからが本番だ、ナポレオン。俺たちの物資とお前の頭脳で、全ヨーロッパを平伏させてやろう」
「はっ! 喜んで!」
マサトとラ=ファイエットという最高権力者、そしてナポレオンという軍事の天才。
最強の布陣を整えた総裁政府が、いよいよ全ヨーロッパとの大戦行へと足を踏み出したのだった。




