第57話 総裁政府
王政廃止の衝撃がパリを駆け巡った翌日。
国民公会の議場では、国王に代わって最高行政権を担う総裁政府の立ち上げに向けた緊急決議が行われていた。
「これより、最高権力機関となる『五人の総裁』の選出を行う!」
議長の声が響き渡る。
史実では混迷を極めたこの人選だったが、今のフランスには圧倒的な実績と信頼を持つ「二人の男」が存在していた。
「まず一人目! 国民衛兵を率い、パリの秩序を守り抜いた英雄ラ=ファイエット侯爵!」
議場から割れんばかりの拍手が巻き起こる。
軍部および旧貴族・穏健派市民からの支持を一身に集めるラ=ファイエットが、堂々とした足取りで壇上へ上がった。
「そして二人目……! プロイセン・オーストリア軍を撃退する奇跡を演出し、アランソンの圧倒的経済力と物資で我らフランスの飢えを救った救世主、マサト殿!」
ドォッ……!! と、先ほどを遥かに凌ぐ大歓声が議場を揺らした。
「マサト! マサト!」
「アランソンの英雄万歳!」
傍聴席を埋め尽くした民衆たちが、手を叩いて叫び声を上げる。
残りの三人の総裁には議会から推挙された穏健派の文官たちが選ばれたが、もはや誰もが理解していた。この「総裁政府」の真の主軸は、ラ=ファイエットの持つ軍事力・政治的威信と、マサトの持つ圧倒的な経済力・情報力の二本柱であるということを。
壇上に並び立ったマサトとラ=ファイエット。
マサトはまだ痛む胸元と怪我を隠すように漆黒のコートを羽織り、包帯で覆われた顔のまま、静かに民衆を見下ろした。
「諸君」
マサトが手を挙げると、一瞬にして数千人の歓声がピタリと止んだ。
「王政は終わった。だが、我々が目指すのは血塗られた殺戮でも、一部の過激派による恐怖政治でもない。我々が目指すのは……民が腹一杯にパンを食べ、暴力に怯えることなく暮らせる真の秩序だ」
『おおおおおっ!!』
「アランソンの持つすべての物流と物資を、この新政府のために投入する! 我ら総裁政府は、フランスを二度と混迷には落とさせない!」
マサトの力強い演説に、議員も民衆も興奮の坩堝と化した。
怪我を負いながらも気高く立つマサトの姿は、傷つき混迷するフランスそのものの救済者のように映っていた。
議場の最果て、薄暗い傍聴席の片隅。
帽子を深々とかぶり、体を震わせながらその光景を見つめる男がいた。
ロベスピエールだった。
……あそこは……あの場所は、私が立つはずの場所だった……!
血を吐くような思いが、胸の中を駆け巡る。
「清廉の人」として民衆を率い、恐怖政治によって完璧な理想郷を築くはずだった自分の野望。
それが今、自分が「排除しようとした男」の手によって呆気なく奪われ、自分は歴史の表舞台から完全に追放されたのだ。
「おい、邪魔だぞ。どきな」
通りかかった国民衛兵に冷たく肩を突かれ、ロベスピエールはハッと我に返った。
衛兵すら、自分を「かつての指導者」だと気づいていない。あるいは、気づいていて無視しているのだ。
くっ……! マサト……! マサトォォォッ!!
爪が掌に食い込み、血が滲む。
自分を殺しもしない。ギロチンにも送らない。
ただ圧倒的な格差を見せつけ、自分を「無価値な存在」として放置する。これ以上ない残酷な拷問に、ロベスピエールは絶望の深淵へと叩き落とされていた。
演説を終え、貴賓室へと戻ったマサトとラ=ファイエット。
「……やり遂げたな、マサト殿。いや、今日からは『マサト総裁』とお呼びするべきか」
ラ=ファイエットが晴れやかな笑顔で手を差し伸べる。
「よしてください、侯爵。俺はただの裏方ですよ」
マサトはその手を握り返し、不敵に口角を上げた。
「ですが……これで名実ともに、この国の舵取りは俺たちの手に渡った。ロベスピエールという『ガン』を摘出し、国王という『重荷』を下ろした。……ここからが、俺たちの本当の歴史創りです」




