第53話 報復
深い闇から意識が浮上したとき、最初に感じたのは、目の上を突き刺すような激痛と、胸を締め付ける重苦しい圧迫感だった。
「……くっ」
「マサト! 目を覚ましたか!?」
呻き声を漏らすと、枕元から飛びつくようにジャンとレオが顔を覗き込んできた。
天井を見上げれば、そこはパリの滞在先の寝室だった。目の上には分厚い包帯が巻かれ、折れた肋骨を固定するために胸元が固く包帯で巻かれている。
「どのくらい……寝ていた?」
乾いた喉から掠れた声が出た。
「丸一日だ。目の上の傷は医者が綺麗に縫ってくれたが、あと数ミリずれていたら失明してたそうだぞ。肋骨も2本ヒビが入ってる。……本当に無事でよかった」
ジャンが心底安堵したように息を吐く。
レオは眉間に深いシワを寄せ、拳を握り締めながら殺気立った声を漏らした。
「マサトさん、襲撃してきた連中の身元が割れた。案の定、ロベスピエールの手先である過激派でしだ。……アランソンから自警団の増援を呼びました。いつでもジャコバン・クラブを襲撃して、ロベスピエールの首を跳ねれます」
レオの提案は、仲間としての素直な怒りだった。
だが、マサトは包帯から覗く左目をゆっくりと開くと、冷たく澄んだ声で告げた。
「……駄目だ。力任せの襲撃など、絶対にやるな」
「な、なんですか!? あいつらは恩人であるマサトさんを殺しかけたんですよ!?」
「だからこそだ」
マサトは上体を起こそうとして激痛に顔を歪めたが、ジャンたちの制止を振り切ってゆっくりとベッドの上に体を起こした。
「今ここで俺たちが私兵を使ってジャコバン・クラブを襲撃してみろ。ロベスピエールは『アランソンが武力でパリを支配しようとしている!』と被害者を装い、民衆の煽動に利用するはずだ。それじゃあ敵の思うツボなんだよ」
刺客を放ってきたロベスピエールの意図。それはマサトの暗殺、それが失敗してもアラマサ自警団を暴発させて、反革命の暴徒として仕立て上げることだった。
「あいつの狙いは、俺たちを同じ『武力による無法者』の土俵に引きずり下ろすことだ。なら……俺たちがやるべきは、そんな安い復讐じゃない」
マサトの口元に、冷酷な笑みが浮かぶ。
「力で殺すんじゃない。ロベスピエールという男の『政治的生命』と『社会的な信用』を、民衆の目の前で徹底的に叩き潰す」
「政治的生命を殺す……?」
ジャンがゴクリと唾を飲み込んだ。
「ああ。ヴァルミーの勝利で、パリの民衆は俺たちとラ=ファイエット侯爵を英雄視している。その裏で、ロベスピエールが『裏で暗殺者を放ち、国の救世主を抹殺しようとした』という事実が公になれば、民衆はどう思う?」
「……正義を気取ってたロベスピエールが、ただの汚い暗殺魔だってバレる!」
レオの目が光った。
「その通りだ。ラ=ファイエット侯爵を通じて議会を動かし、襲撃の証拠と捕らえた刺客の証言を突きつける。さらに、アランソンの経済力を使ってパリの新聞を買い占め、ロベスピエールの卑劣な悪行をパリ中に撒き散らすんだ」
マサトは自分の胸を強く押さえ、痛みを噛み締めながら言い放った。
「自分が一番大事にしている『人民の味方』という仮面を剥ぎ取り、民衆自らの手で引きずり下ろさせ、ギロチン台へと送り込んでやる。……それが、俺に手を上げた奴への一番残酷な復讐だ」
怪我を負い、体はまだボロボロだ。
しかし、その瞳に宿る謀略と激怒の炎は、パリの暗雲をすべて焼き尽くすほどに苛烈だった。
「ジャン、ラ=ファイエット侯爵を呼んでくれ。……ロベスピエールを追い詰める、完璧な『詰み』の盤面を組み立てるぞ」
嵐の前の静けさ。
自らの血を流した男の、真の反撃が静かに、そして確実に始まろうとしていた。




