第51話 帰還
プロイセン・オーストリア連合軍撃退の報は、稲妻のような速さでパリ市内を駆け巡った。
「勝ったぞ! 我が軍が大勝利を収めた!」
「プロイセンの精鋭を打ち破ったんだ! パリは救われたんだ!」
数日前まで「敵軍が迫っている」という恐怖でパニックに陥り、狂気と不審に満ち満ちていたパリの街並みは、一転して爆発的な歓喜に包まれていた。
門をくぐり、パリ市内へと凱旋する連合軍の先頭に立つのは、馬上のラ=ファイエット侯爵、そして黒いコートを風になびかせるマサトだ。
その後に続くのは、決死の覚悟で前線を維持し誇りを取り戻した国民衛兵たちと、寸分の隙もなく整然と行軍するアラマサ自警団。
「ラ=ファイエット万歳! フランス万歳!」
「見ろ、あのアランソンの黒い制服の兵士たちを! 奴らが悪魔のような強さで敵を叩き潰したんだろ!?」
「アラマサ! アラマサ!」
沿道を埋め尽くした民衆から、嵐のような歓声と花吹雪が降り注ぐ。
かつてジャコバン派のデマによって「裏切り者」「反革命の富豪」と批判されていたラ=ファイエットとアランソンの名は、一夜にして「フランスを救った不滅の英雄」として全土に響き渡ったのだ。
「……けっ、手のひら返しもいいところだな」
馬上で横目を向けながら、ジャンが呆れたように呟いた。
「少し前まではジャコバン派の口車に乗って、俺たちを『黒い豚ども』だの『反革命』だの罵ってた連中が、今じゃ手放しで拝んでやがる」
「民衆なんてそんなものさ」
マサトは冷ややかに微笑んだ。
「勝てば官軍、負ければ賊軍。民衆が求めているのは『絶対的な安心と勝利』だ。それを提供したのが俺たちである以上、もはや誰も俺たちの存在を否定することはできない」
俺たちの評判が上がれば上がるほど、裏で苦虫を噛み潰している奴らがいる。
同時刻。ジャコバン・クラブの集会所。
「狂っている……! 民衆どもめ、豚のように愚かしい!」
ロベスピエールは、手中の紙片をぐしゃぐしゃに握り潰した。
彼の顔は憎悪と焦燥によって激しく歪んでいた。
外から聞こえてくる「ラ=ファイエット万歳! アラマサ万歳!」という民衆の大歓声が、彼の鼓膜を汚物のように不快に揺らしている。
「ロベスピエール同志……まずいです。ヴァルミーでの勝利により、ラ=ファイエットの求心力が完全に復活しました。議会内でも『彼らを迎えて政権を安定させるべきだ』という声が急増しています」
青ざめた同志の言葉に、ロベスピエールは卓上のグラスを叩き割った。
「奴らが帰ってきたら、我々の立ち位置がなくなる! 恐怖によって民衆を統制し、旧体制を根底から破壊する我が計画が……あのアランソンの1人の手によって崩壊してしまうのだぞ!」
ジャコバン派が権力を握るための絶対条件は「戦争の敗北と、国民のパニック」だった。
混乱に乗じて国王を処刑し、反対派をギロチンへ送り込むはずだったシナリオが、マサトの介入によって根底から崩れ去ったのだ。
「……マサト。お前はどこまで私の邪魔をすれば気が済むのだ」
血走った目で窓の外を見つめ、ロベスピエールは深く暗い殺意を燃え上がらせた。
その夜。国民議会の特別控室。
「見事な祝勝会だったな、マサト殿」
グラスを手に、ラ=ファイエットが晴れやかな表情で俺に近づいてきた。
「議会の議員たちも、君の持ち込んだ圧倒的な軍事力と経済力に脱帽している。これでジャコバン派の暴走を抑え込み、我が国に正当な憲法と秩序を取り戻すことができる」
「ええ、だが油断は禁物です」
俺はワインを一口含み、眼下に広がるパリの
夜景を見下ろした。
「追い詰められたネズミは、何をするか分からない。ロベスピエールたちは今、自分たちの権力基盤が崩れ去る恐怖に怯えている。……奴らは必ず、起死回生の一手を打ってきますよ」
「起死回生の一手……?」
「ええ。たとえば……テュイルリー宮殿に捕らわれている『国王ルイ16世の処刑』を強行し、強引に国内を流血の狂気へ引きずり戻す、とかな」
ラ=ファイエットが息を呑む。
「……させん。この私がいる限り、これ以上の法を無視した私刑は許さない!」
「頼もしいお言葉だ、侯爵」
俺は不敵に口角を上げた。
パリの主導権は、今や俺たちの手の中にある。
ロベスピエールが最後のあがきとしてどのような毒を吐こうと、すべてを叩き潰してやるまでだ。




