第48話 要請
ヴァレンヌ逃亡事件の衝撃から冷めやらぬフランスに、ついに「絶対的な外部の脅威」が襲いかかった。
神聖ローマ帝国皇帝率いるオーストリア、そしてヨーロッパ最強の陸軍を誇るプロイセン。
二大強国が結託し、「捕らわれた王家を救い、暴徒どもを討伐する」という大義名分を掲げてフランス国境へと侵攻を開始したのだ。いわゆる革命戦争の勃発である。
だが、長年の混乱と士官(貴族)の亡命でガタガタになっていたフランス正規軍と、訓練不足の民兵集団に過ぎない国民衛兵では、プロイセンの精鋭部隊の足元にも及ばなかった。
国境付近の防衛線は次々と突破され、パリ市
中には「敵軍がもうすぐ首都へ雪崩れ込んでくる」というパニックが吹き荒れていた。
そんな惨状の中、アランソン領主館の執務室に、一人の男が極密裏に姿を現した。
濡れた外套を脱ぎ捨てたその男、ラ=ファイエット侯爵の顔には、かつて「アメリカ独立戦争の英雄」と称えられた面影はなかった。目の下には色濃いクマが刻まれ、その表情は疲弊と焦燥に支配されている。
「……久しぶりだな、ラ=ファイエット侯爵。前線の指揮をとることになったあなたが、なぜアランソンに?」
俺——マサトは、静かに書類から目を上げて問いかけた。
「……恥を忍んで来た、マサト殿」
ラ=ファイエットは拳を固く握り締め、深く頭を下げた。かつて城門前で高圧的な態度をとっていた男が、今はなりふり構わず頭を下げている。
「プロイセンとオーストリアの連合軍が、我が国の防衛線を破り突破しつつある。このままでは数ヶ月と経たずにパリが落ち、フランスという国家そのものが踏み荒らされる……!」
「自業自得でしょう」
傍らに立つジャンが、冷ややかに言い放つ。
「国内でドロドロの権力争いをして、まともな兵の訓練も怠っていたパリの自爆だ。俺たちが知ったことじゃない」
「言いたいことは分かっている! 我々の無能さも、議会の醜さも百も承知だ!」
ラ=ファイエットは血の出そうなほど唇を噛み締め、マサトを真っ直ぐに見つめた。
「だがマサト殿! 侵略してくる連合軍は、革命派も平民も関係なく焼き払い、このフランスを蹂躙するつもりだ! それは君たちが手塩にかけて育てた、このアランソンの平和をも脅かすことになるのだぞ!」
一息ついたラ=ファイエットは、震える声で哀願するように言った。
「頼む……マサト殿。君のアラマサ自警団と、あの恐ろしいその知力を貸してほしい! 私と共に前線へ赴き、この国を……フランスを守るために戦ってくれないか!?」
沈黙が室内の空気を重く支配する。
ジャンとドニが、マサトの顔を注視した。
助ける義務などどこにもない。パリの混乱を静観し、高みの見物を決め込むこともできる。
だが、マサトの瞳に宿っていたのは、冷酷な計算と……不敵な野心だった。
オーストリアとプロイセン……史実通りの戦争か。……だが、ラ=ファイエットと共に俺たちが前線へ乗り出し、連合軍を返り討ちにしてみろ
パリのジャコバン派は何もできずに怯え、アランソンとラ=ファイエットの連合軍が「国の救世主」としてフランス全土の賞賛を浴びることになる。
「いいでしょう、ラ=ファイエット侯爵」
俺はゆっくりと立ち上がり、冷たい笑みを浮かべて手を差し伸べた。
「ただし、条件があります。戦後、金や利権はたっぷり貰いますからね。そして、パリの主導権争いに貴方を使わせてもらいますよ。それでいいですね?」
ラ=ファイエットは一瞬息を呑んだが、すぐに悲壮覚悟の表情でその手をと強く握り返した。
「……誓おう。戦後、どんな利権や金でも必ず用意しよう!勿論、私も好きに使ってくれ!」
プロイセン・オーストリアの大軍勢を迎え撃つべく、マサト率いるアラマサ自警団が、ついにアランソンの外へと出撃する。




