第44話 見せしめ
国王一家がパリへ連行されてから、フランスの混乱は収まるどころか、より暗く不吉な色を帯び始めていた。
パリの街を覆い始めたのは、かつての「飢えへの恐怖」ではない。
『誰が味方で、誰が裏切り者か』という、隣人同士が疑心暗鬼に陥る、密告と監視の恐怖だ。
ロベスピエール率いるジャコバン派は、「革命を守るため」という大義名分のもと、パリ市内に監視委員会を張り巡らせ始めていた。貴族に少しでも同情的な発言をした者、革命政府のやり方に疑問を呈した者、果ては集めた食べ物を蓄えていただけの市民までが「非国民」「反革命の密謀者」として糾弾され、街頭でリンチに遭う事例が急増していた。
そして、その狂気の矛先は、当然のようにアランソンにも向けられつつあった。
「マサト代表、パリからの密偵……いえ、ジャコバン派が送り込んだと思われる『調査員』を捕らえました」
執務室に現れた自警団の兵士が、緊張した面持ちで報告してくる。
「どんな奴だ?」
「『市民の自由を守るための査察』と称して、我が街の穀物倉庫や防衛設備、資金の流れを密かに調べ回っていました。……それと、街の平民たちを集めて『マサトは君たちを金で買収している豚だ』『真の自由のために立ち上がれ』と煽動しようとしていたところを拘束しました」
「けっ、相変わらず胸くその悪いやり口だな」
側にいたジャンが吐き捨てるように言った。
「パリじゃあいつら、自分たちに従わない奴らを片っ端から『反革命』のレッテルを貼って監獄にぶち込んでるらしいじゃねえか。ついにこのアランソンにまで手を伸ばし始めやがったか」
「当たり前だ、ジャン」
マサトは、机の上の書類から目を上げずに淡々と応えた。
「ジャコバン派にとって、自立した経済を持ち、独自の兵力で平和を保っているアランソンは『都合が悪い存在』そのものだからな。民衆が『アランソンの方が暮らしやすい』と気づけば、あいつらの掲げる血生臭い革命の価値が暴落する。奴らはこの街を屈服させるか、潰すしかないんだ」
俺は立ち上がり、拘束された調査員が持っていたという押収品に目をやった。
そこには、ジャコバン派がパリの民衆向けに発行しているパンフレットが数多く含まれていた。
『アランソンの偽りの豊かさに惑わされるな! 奴らはイギリスの資本と旧時代の資金で民衆を飼い慣らす反革命の巣窟である!』
『真の平等は、すべての特権階級と不純な商人を排除した先にしか存在しない!』
「言葉の刃で民衆を煽り、恐怖で支配する……。まさに『恐怖政治』の予行演習だな」
日本史しか知らない俺でもわかる。ジャコバン派に権力を握らせたら、この国は数百万人規模の血が流れ、ギロチンでさらに多くの人間の首が飛ぶだろう。
「マサト、その調査員の男はどうする? 叩き出すか?」
ドニが腕を組んで尋ねてくる。
「いや、命までは取らん。だが、手ぶらで返すつもりもない。……アランソンの怖さをたっぷりと見せつけてからパリへ叩き返せ」
「アランソンの怖さ?」
「ああ。今後もアランソンにコソコソ手を出す奴らは現れるだろう。だからこそ、俺たちに牙を剥いた奴がどうなるのか……身をもって思い知らせる見せしめにする」
俺の冷徹な言葉に、ジャンとドニは不敵な笑みを浮かべて頷いた。
ジャコバン派は俺たちアラマサが壊滅させる。




