第42話 真の自由
side:ロベスピエール
私の名は、マクシミリアン・ロベスピエール。
国民議会の議員であり、真の「人民の自由と平等」を追い求める者だ。
パリの街角は、奇妙な安寧に包まれていた。
セーヌ川を遡上してきた謎の自警団組織「アラマサ」の船によって、莫大な食料が市内に運び込まれたからだ。民衆は久々の白いパンに酔いしれ、ラファイエットら生ぬるい温和派や、アランソンのマサトを「救世主」と讃えている。
愚かしい。実にあさましく、愚かしいことだ。
「……パンを買い与えられれば、それで満足なのか? 人権宣言を拒絶し、我々を虫ケラのように見下ろすルイ16世やマリー・アントワネットが、いまだヴェルサイユの豪奢な宮殿で贅沢を貪っているというのに!」
薄暗いジャコバン・クラブの地下集会所。
私の前に集まった同志たちに向け、私は静かに、だが氷のように鋭い声を響かせた。
「同志ロベスピエール、民衆の胃袋は満たされつつあります。今、暴動を呼びかけても乗ってくるかどうか……」
「胃袋が満たされたなら、次は『心』に怒りの火をくべればいいのだ」
私は目の奥を光らせ、卓上の書類を指で叩いた。
「見よ。王宮はいまだ人権宣言への署名を拒んでいる。それどころか、ヴェルサイユでは近衛兵たちが革命の象徴である『三色章』を足蹴にし、王妃を讃える宴を開いたという噂がある」
「な、なんと……! 我々を愚弄するにもほどがある!」
「そうだ。そしてアランソンのマサトなる男……。奴はイギリスから食料を引き込み、民衆を『満腹という名の毒』で飼い慣らそうとしている。奴らの目的は、人民から革命の熱意を奪うことだ。王家とアランソンの富豪が裏で手を組み、この革命を形骸化させようとしているのだよ!」
集まった同志たちの顔に、激しい憎悪の色が宿る。
事実かどうかなどどうでもいい。民衆に「自分たちの自由が汚されている」と思わせれば、それで十分なのだ。
「明日、市場の女性たちを集めろ。言葉巧みに焚きつけるのだ。『パンは手に入った。だが、王が人権宣言を拒む限り、明日のパンは再び奪われる』『王宮の贅沢を止めさせ、国王をパリへ連れ戻さない限り、我々に真の自由はない』とな」
「女性たちを……ですか?」
「そうだ。男たちが害毒で牙を抜かれたなら、家族の未来を案じる母親たちの『恐怖と怒り』を利用する。大雨が降ろうと関係ない。太鼓を打ち鳴らし、武器を持たせ、ヴェルサイユへ行進させるのだ」
私は立ち上がり、窓の外、嵐の予感が漂うパリの夜空を見つめた。
マサトという男がどれほどの財と技術を持とうと、この「人民の狂熱」を止めることはできない。
民衆の怒りをヴェルサイユ宮殿へ叩きつけ、ルイ16世をパリへ引きずり出す。それこそが、旧体制を根底から打ち砕くための、私の第一歩だ。
「真の自由のためには、血という犠牲が必要なのだよ」




