第38話 貿易
城壁の上にずらりと並んだライフルの群れ。
そして寸分の乱れもないアラマサ自警団の威圧感に、パリから来た国民衛兵の使者たちは完全に言葉を失っていた。
あからさまに喉を鳴らし、ひたいの汗を拭うリーダー格の男。先ほどまでの上から目線は影を潜め、男は馬上で背筋を正すと、震える声で口を開いた。
「……ゴホン! 私は国民衛兵総司令官、ラファイエット侯爵より書状を預かってきている。アランソンの代表、マサト殿にこれをお渡ししたい」
「書状だと? 拾い上げて改める。ラーブル、ロープで籠を下ろせ」
「はい!」
城壁から下ろした籠に、使者の男が恭しく革筒に入った書状を入れる。
それを引き上げ、俺は慎重に中身を取り出して広げた。そこには、流麗な文字でラファイエット直筆のメッセージが記されていた。
『アランソンの指導者、マサト殿へ。
君がかの地で過激派を抑え、独自の秩序を保っているという報告はパリにも届いている。
現在、パリおよびフランス全土は食料不足と物価の高騰、そして無秩序な混乱に直面している。我々国民衛兵は民衆の権利と平和を守るために苦闘しているが、依然として食料の確保が最優先課題である。
聞き及べば、アランソンは豊富な資金と流通網を持ち、食料の備蓄も十分であるとのこと。
もし君が真にフランスの平和を望むのであれば、国民衛兵およびパリ市民に対し、食料と支援物資の提供を求めたい。もちろん、相応の対価(議会からの正式な承認や貿易権)の保証を約束しよう。
だが、もしこの要求を拒み、独自の武力をもって孤立を貫くというのであれば……我々は君たちを「革命の敵」とみなさざるを得ない。賢明な判断を期待する。
――国民衛兵総司令官 ギルバート・ラファイエット』
読み終えた俺は、思わず鼻で笑ってしまった。
なるほどな……。「食料を売れ、さもなくば革命の敵だ」か。ラファイエット侯爵、あんたも理想と現実の板挟みで相当追い詰められてるらしいな
「マサト、なんて書いてあるんだ?」
隣でライフルを構えていたジャンが、低く尋ねてくる。
「パリが腹を空かせてるそうだ。俺たちにパンと穀物を寄越せって言ってる。断れば『革命の謀反人』として軍隊を送り込むぞ、という脅し付きでな」
「はぁ!? ふざけるな!」
ジャンが青筋を立てて怒りを顕にする。
「俺たちが血汗流して、長官の金で買った食料だぞ! パリの連中が勝手に暴れて腹を空かせたくせに、なんで俺たちが無償同然で恵んでやらなきゃならねえんだ!」
「落ち着けジャン。無償でやるとは一言も言ってない」
俺は城壁の端に立ち、下の使者に向かって朗々と声を張り上げた。
「使者殿! ラファイエット侯爵への返答を伝える! 持ち帰って報告せよ!」
使者たちが一斉に俺を見上げる。
「我々アランソンは、パリの市民を飢えさせるつもりはない! だが、タダで食料を渡すつもりも毛頭ない! 食料が欲しければ、しかるべき『対価』を支払ってもらう!」
「対価だと……!? 議会からの承認や特権では不満だというのか!」
「俺たちが欲しいのは『金』、そして『外国と取引する貿易権』だ! それらと引き換えになら、アランソンは適正価格で売ってやる。」
俺の言葉に、使者どころかジャンや城壁の兵士たちも驚いた顔をした。
そう、ただ突っぱねて敵に回すのは愚策だ。
だが、言われるがまま従うのも論外。革命で食料難に陥るパリに対し、アランソンは「食料供給の主導権」を握る。パリの胃袋を俺たちが握れば、ラファイエットも議会も、アランソンに軽々しく手を出せなくなるのだ。
「交易の条件は、直接ラファイエット侯爵をここに来させろ。 帰ってそう伝えろ!」
使者の男は、冷や汗を流しながらも小さく頷いた。
「……分かった。そのまま総司令官にお伝えしよう。……だが覚えておけ、マサト殿。時代は変わったのだ。いつまでも一都市の都合が通ると思うなよ!」
捨て台詞を残し、騎馬隊は煙を上げてパリへと引き返していった。
遠ざかる背中を見送りながら、ジャンが心配そうに俺の肩を叩く。
「なあマサト……本当にパリと商売なんてして大丈夫なのか? あいつら、そのうち力ずくで奪いに来るんじゃないか?」
「奪いに来させないために、食料を『餌』にするんだよ、ジャン」
俺は不敵に口角を上げた。
「パリの胃袋を握り、あっちから買いに来させれば、アランソンにはさらに莫大な金と技術が集まる。」




