第36話 インフラ
「ということで、亡くなった地方長官の隠し金庫にあった財産を、アランソンのインフラ整備に大部分を充てる」
俺の宣言に、執務室に集まったジャン、ドニ、ラーブルの三人が一斉に目を丸くした。
「あの山のような金貨の大部分か!? 武器の増産や、俺たちの蓄えじゃなくて?」
ジャンが身を乗り出して尋ねてくる。
「武器の増産も当然やる。だがな、ジャン。今一番怖いのは、パリの狂気がこの街の貧しい連中に飛び火することだ。人間、腹が減って明日生きられるか分からないから暴徒になる。だったら、全員に仕事とまっとうな給料を与えて、腹一杯食わせればいい」
これこそが、現代の経済学でいう「公共事業による雇用創出」だ。
今、パリの議会では「人道」だの「権利」だのという美しい紙切れで民衆を宥めようとしている間に、俺は「現金」と「パン」で民衆の胃袋と心を完全に掴みに行く。
「具体的に何をするんだ、マサト? 俺の出番か?」
ドニが久しぶりのデカい仕事にワクワクした顔で腕を組む。
「ああドニ、お前にはインフラ整備の総指揮を執ってもらう。まずはアランソン中の道路を、補修して新たな石畳にする。」
さらに、俺は図面を机に広げた。
「それから、街の中心部に巨大な『給水塔』を建て、地下に簡易的な『下水道』を掘る。生活排水をまとめて街の外に流し、街の衛生環境を劇的に改善するんだ。これで、中世特有のあの悪臭ともおさらばだし、何より疫病の発生率が激減する」
「……おいおい、それってめちゃくちゃ大工事じゃねえか。いったい何人の職人がいるんだよ」
ドニが呆気にとられたように図面を見つめる。
「職人だけじゃ足りない。だから、街にいる仕事のない平民、貧民、行き場を失った農民、全員を日雇いの労働者として雇うんだ。賃金は相場より少し高めに設定する。ラーブル、給与の支払いや食料の配給の手配は任せられるか?」
「はい! もちろんです! 長官の資金があれば、数千人を数ヶ月雇い続けてもびくともしません。すぐに手配を始めます!」
ラーブルが頼もしく胸を張った。
それからのアランソンは、まさに驚異的な速度で変貌していった。
少し前まで、明日食うパンにも困り、薄暗い路地で「パリの革命軍に加わって略奪でもするか……」と不満を燻らせていた男たちが、今では泥まみれになりながらも、生き生きとスコップを握っている。
「おい、アラマサの旦那は本当に聖人だな! 毎日まっとうな金がもらえるおかげで、家族に美味いスープを飲ませてやれる!」
「ああ、おまけに仕事終わりには、自警団の連中が温かいパンとスープまで配ってくれるんだ。あいつらのためなら、俺は何だってやるぜ!」
長官のあぶく銭が、労働者の汗となり、そして彼らの家族の笑顔へと変わっていく。
お金が街を回り始めたのだ。
それからわずか数週間。
アランソンの街並みは、この時代の人間が見れば魔法としか思えない光景へと生まれ変わっていた。
汚物まみれだった地面は、見違えるほど平坦な石畳へと変わっていた。
従来の石畳は隙間に汚物が入り込んで悲惨な状態だったのだが、俺の提案で日本の戦国時代の石垣を参考にさせ、石の隙間に細かい石をびっしりと埋め込ませたのだ。おかげで馬車がガタゴトと音を立てずにスムーズに行き交う
街のあちこちに設置された給水栓からは、綺麗な水がいつでも湧き出し、下水道のおかげで街独特の生ゴミ臭さが完全に消え去った。
周辺の都市が、革命の混乱で「食料不足」「治安悪化」「疫病の恐怖」に怯える中、アランソンだけが『飯が美味く、仕事があり、病気にならない天国』と化していた。
「マサト、とんでもないことになってるぞ……」
ジャンが、最新の報告書を片手に苦笑いしながら執務室に入ってきた。
「どうした?」
「近隣の村や都市から、うちの噂を聞きつけた優秀な職人や農民たちが、『アランソン市民にしてくれ!』って大挙して押し寄せてきてるんだ。止めなきゃ街が人で溢れかえるぞ」
俺は窓の外、ピカピカに舗装された道路を歩く、活気に満ちた市民たちの姿を見下ろした。
「いや、全員受け入れろ、ジャン。そいつらは全員、これからのアランソンを支える貴重な『労働力』であり、我が軍の『兵力』になる。住む場所が足りないなら、長官の金で新しい居住区をどんどん建設すればいい」




