第33話 煽動
「マサトさん! 大変です! 東区の広場で、怪しげな連中が民衆を集めて煽動しています!『パリに続け』『今こそ特権階級の横暴を正し、我らのアランソンを取り戻すのだ』と!」
……チッ、もう湧きやがったか。
パリでの暴動の噂をいち早く聞きつけ、このアランソンでも便乗して「革命」を起こそうとする過激派だ。放置すれば、彼らは真っ先にパン屋や役所、そして俺たちアラマサの拠点を襲撃して略奪を始めるだろう。
正義の味方ごっこをするつもりはないが、俺たちの邪魔をする害虫は、活動を始める前に踏み潰す。
「ジャン! 息を潜めていたギルドの残党か、それともただの火事場泥棒か。どちらでもいい。自警団の精鋭を動員して、広場を包囲しろ」
「おう、マサト! 叩きのめしゃいいんだな!?」
ジャンがライフルを握りしめる。
「いや、力任せにやれば奴らを『悲劇の英雄』にしてしまう。広場の周辺に、ライフルを持った団員を配備しろ。そして、俺が合図したら全員で一斉に奴らの頭上に向けて威嚇射撃だ。武器の圧倒的な格の違いを見せつけて、戦意をへし折る」
東区の広場。数十人の市民を前に、台の上に立って大声で蜂起を呼びかけている数人の男たちがいた。
熱狂しかけていた民衆の前に、俺たちアラマサ自警団が整然と隊列を組んで現れる。
「なんだ、お前たちは! 職人の味方ぶった、まやかしの支配者め!」
煽動者のリーダー格が俺を指差して叫ぶ。
「――撃て」
ジャンが静かに右手を振り下ろした瞬間。
鼓膜を震わせる、無慈悲なまでの連続銃撃音。
男たちの足元の石畳が、一瞬で蜂の巣にされ、激しく火花と石粉を散らした。大した武器を持ってない人間にとって、ライフルは悪魔そのものだ。
「ひっ……ああああっ!?」
一瞬で静まり返る広場。煽動者の男たちは、腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。
俺は冷たい視線で彼らを見下ろしながら、周囲の民衆にも聞こえるように、朗々と声を響かせた。
「我々は暴力を望まない。だが、アランソンの秩序を乱し、略奪と破壊を持ち込もうとする者には、容赦なくこのライフルを叩き込む。大人しく家へ帰れ。お前たちのパンと生活は、俺たちアラマサが保証する」
民衆から、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。恐怖と、それ以上の圧倒的な「安心感」。
こうして、芽吹きかけたアランソンでの革命は、一滴の血も流されることなく、わずか数分で完全に鎮圧されたのだった。
自警団に煽動者たちの拘束を任せ、俺はジャンと共にようやく工房の執務室へと戻ってきた。
「ふぅ……完璧だ。これでもう、街の中で余計な真似をする馬鹿は出ないだろう」
ジャンが安堵の息を吐きながら、ドカリと椅子に腰掛ける。
「ああ。主導権は完全にこちらが握った」
地方長官という後ろ盾を失ったのは痛手だが、逆に言えば、もう誰の顔色もうかがう必要はない。
アランソンを丸ごと乗っ取る勢いで、真の支配者への階段を駆け上がる――。
そう確信した、その時だった。
激しく執務室のドアが叩かれ、息を切らせた地方長官の執事が飛び込んできた。
「マ、マサト様! パリからの緊急連絡です! これを……!」
差し出されたのは、ひどく汚れた封筒だった。
蝋で封印された紋章を見て、俺とジャンの顔色が変わる。
「これは……地方長官から……!?」
パリで消息を絶ち、死んだと思っていたあの男からの、直筆の手紙だった。




