第31話 不在
「バスティーユが、落ちただと……!?」
早馬からの知らせを受けた翌朝のアランソン。
工房のオフィスに駆け込んできたジャンの顔は、恐怖と興奮で引きつっていた。
早馬がもたらした「パリ市民蜂起」の牙は、旧体制の象徴を瞬く間に噛み砕いたのだ。
フランスが、完全に壊れ始めた。
「嘘だろ、バスティーユ牢獄は元は要塞だったんだぞ!? それが平民どもに落とされたっていうのか!?」
……史実通りだ。ついに、来てしまった。
恐れてはいたが、同時にこの時のために牙を研いできたのだ。俺はパニックになりかけるジャンを鋭い視線で制し、冷徹に言葉を紡ぐ。
「ジャン、落ち着け。これはパリの出来事だ。問題は、この嵐がこれからどういう形でアランソンに押し寄せるかだ」
「これからって……おいマサト、何を考えてるんだ?」
「情報戦だよ。この報せは、数日中には近隣の領主や、街の職人ギルド、長官、そして一般の民衆にも広まる。そうなればどうなる?」
俺の問いに、ジャンはハッとしたように息を呑んだ。
「……俺たちが追い詰めたギルドの連中や商会の手先が『パリの奴らがやったなら俺たちも』と考え暴動を起こして、食料や武器を狙ってくるかもしれない」
「その通りだ。さらに最悪なのは、統制を失った国境近くの正規軍が、略奪目的でこの街に流れてくる可能性だ。アランソンは今、小麦も金も有り余っているからな。格好の標的だ」
平和と富は、無防備であればただの餌に過ぎない。
「だからこそ、先手を打つ。まず、街の民衆にはいつも通り店に食料を卸し、いつも通りに警備代を受け取れ」
「民衆を安心させて、暴発を防ぐってわけか」
「ああ。民衆に『アラマサ自警団には何の揺らぎもない』と見せ続ける限り、彼らが暴動に走ることはない。つまり、街が内部から崩壊するのを防げる。指示はそれだけじゃない。ドニのところへ行って、ライフルなどの装備品をさらに増産させろ。弾薬の装填も急がせるんだ」
「分かった、すぐに行く!」
ジャンが部屋を飛び出していく。その背中を見送りながら、俺は窓を開け、早朝の空気を吸い込んだ。だが、朝特有の清々しさなど微塵も感じられない。
目には見えないが、パリの方角から不穏なざわめきが、まるで巨大な津波のように風に乗って押し寄せてるように見える。
パリで上がった革命の火は、このアランソンをも焼き尽くそうとするだろう。王党派、革命派、あるいはただの暴徒――誰が攻めてこようと、俺たちを邪魔する奴は最新鋭のライフルを装備した、アラマサ自警団で迎撃する。
俺は窓をぴしゃりと閉じると、これからのアランソンの統治について、この街のトップと話し合うため動き出した。
見慣れた道順を辿り、向かったのは地方長官の屋敷だ。
しかし、そこで俺は衝撃の事実を突きつけられることになる。
「地方長官が、不在……?」




