第28話 超・お買い得価格
ガチャン、という重い音とともに、倉庫の巨大な扉が左右に開け放たれた。
薄暗い倉庫の中に広がっていたのは、外からのわずかな光に照らされ、天井までうず高く積まれた膨大な数の小麦の袋だった。その圧倒的な質量は、まるで布の壁のようにも見える。
「……おいおい、信じられねぇな。市場には常に品薄で毎日奪い合いの大乱闘になってる事もあるのに、ここには山ほど眠ってやがる」
ジャンが、呆れ果てたように呟く。その目は、目の前の光景に対する純粋な怒りに燃えていた。
天災は終わった。なのに、この大量の小麦を隠し持ち、民衆を飢えさせて価格を釣り上げ、自分たちだけが肥え太ろうとしていたのだ。商人は儲けに敏感だ。そしてそれは、他人がどれほど不幸な状況にあろうとも決して変わることはない。
「レオ、自警団の残りを呼んで馬車を手配しろ。この小麦、すべて運び出せ。明日から、アラマサ自警団に警備代を払ってる店に優先的に小麦を適正価格で売るぞ」
「はっ!」
レオが弾かれたように走り去り、倉庫の奥からは、騒ぎを聞きつけたらしい男が数人の下っ端を連れて慌てて飛び出してきた。仕立ての良い上着を着た、いかにも商人らしき風体の男だ。この倉庫の支配人だろう。
「な、なんだお前たちは! 人の倉庫で何を勝手なことを……ひぃっ!?」
男は怒鳴り散らそうとしたが、ジャンの後ろに控える青少年たちが一斉にライフルの銃口を向けたのを見て、短い悲鳴を上げて両手を挙げた。
「無駄な抵抗はやめておけ」
俺は懐から、地方長官のサインが入った命令書を広げて見せた。
「これは地方長官直々の『物資強制買い上げ命令書』だ。お前の商会が小麦を隠匿し、不当に価格を釣り上げている疑いがあるため、これより全量を適正価格で徴収する」
「ば、馬鹿な! 我々はボスカリ家の一角だぞ!? 地方長官といえど、そんな横暴が許されると――」
「許されるんだよ、ここにサインがある以上はな」
まぁ、俺も薄々は気づいている。一地方長官が物資の強制買い上げなど、普通なら法的にも権限的にもできるはずがないのだ。
だが、あの地方長官ならきっと、裏でどこか中央の有力者にでも手を回して、事後承諾を取り付けるだけの算段を立てているのだろう。
そう確信してしまえるのは、短くても彼と何度も取引を重ね、その優秀さと抜け目なさをよく知っているからかもしれない。
俺はドニに目配せをした。ジャンは手慣れた様子で、あらかじめ用意していた『買い上げ契約書』とインク瓶を支配人の前に突きつける。
そこに書かれた金額は、適正価格に雀の涙ほどの色をつけただけの超・お買い得価格。いや、ボスカリ家側から見れば、ほぼタダ同然の叩き売り価格だ。
「さあ、サインしろ。拒否したらどうなるかわかるよな? 少なくともこの街ではお前らの居場所はなくなる」
その商人は額から滝のような冷や汗を流し、ぶるぶると震える手でペンを取った。自警団の黒い銃口に見つめられながら、断れるはずもなかった。
数時間後。レオが手配した十数台の大型馬車が、倉庫から次々と重たい小麦の袋を運び出していく。
ゴトゴトと車輪の音を響かせ、街を進む馬車の列。通りにいた街の人間たちは、最近では市場で全く見かけなくなっていた大量の小麦が、運ばれていく様子を遠巻きに眺めていた。その驚きと期待に満ちた目が、俺たちの背中に突き刺さるのを感じながら、俺はフッと口元を歪めた。




