第27話 ボスカリ家
アランソンの中心街から少し外れた、人通りがあまりない薄暗い一角。
そこにある、フランス有数の商家『ボスカリ家』の傘下商会が持つ、巨大な石造りの倉庫の前に俺たちは来ていた。
「おい、本当にやるんだな?」
道中、アラマサ自警団の団長であるジャンがコートの襟を正しながら、小声で俺に確認してきた。
「ああ。長官のお墨付きだ、合法的にいかせてもらうよ。レオ、準備はいいか?」
「いつでもいけます、マサトさん。いつでもあの豚どもの眉間をぶち抜けます」
レオはいつも通り、どこか危ういほどの忠誠心を宿した目でライフルを愛おしそうに撫でていた。その後ろには、訓練を重ねた十人の青少年たちが、紺色のコートを翻して一糸乱れぬ隊列を組んでいる。
目的の鉄扉の前では、商会が雇ったであろう、チンピラ崩れみたいな用心棒たちが座り込んで酒を飲んでいた。
ここはあくまで「隠し倉庫」なのだろう。
正規の厳重な警備兵を配置してしまえば、かえって『ここに重要な何かがあります』と周囲にアピールするようなものだ。
だが、この中に眠っているのは、価格を釣り上げるためにたっぷりと蓄えられた小麦などの食料品。もし民衆に発覚すれば、それこそ日本史で言う「打ち壊し」のような暴動が確実に起こる。
だからこそ、カモフラージュとしてあんなチンピラ崩れを用心棒に据えているわけだ。
俺たちの異様な一団が近づいてくるのに気づき、用心棒のリーダー格の男が下卑た笑みを浮かべて前に出る。
「その制服、最近噂の自警団『アラマサ』か? ……だか何だか知らねぇが、ここは何もないぞ迷子はママのところに――」
「そこを退け。地方長官の命令だ」
ジャンの声が、いつもより一段と低く響いた。
ジャンは懐から、地方長官のサインと印章が鮮烈に刻まれた『市場適正化のための臨検および物資買い上げ命令書』を突きつけた。
「はぁ? 命令書だと?」
チンピラのリーダー格が覗き込み、一瞬で顔を真っ青にした。本物の長官の印章だ。偽造すれば一発で死罪になる代物である。
「バ、バカな……なぜ長官がこんな真似を……」
「理由ならそこに書いてある。小麦などの食料を不当な買い占めによる市場価格の操作疑いだ。これよりアラマサ自警団は、倉庫内の物資の監査、および適正価格での買い上げを実行する。……妨害する者は、長官への反逆とみなす」
ジャンの堂々とした宣言。だが、チンピラの用心棒の男はチッと舌打ちをすると、腰の長剣を抜いた。
「知るかよ! 俺たちは、かなりの金をもらってんだ!長官の紙切れ一枚で、はいそうですかって退けるかってんだよ! おい、ガキどもを叩き出せ!」
チンピラたちが粗末な武器を構えて襲いかかろうとした、その瞬間。
「――構え」
ジャンの鋭い号令とともに、レオを中心にした複数人の少年兵が一斉に片膝をつき、ライフルの銃口をチンピラ用心棒たちの足元付近へ向けた。
数週間みっちりと叩き込まれた、一切の無駄がない動き。国家の正規軍と言われても違和感がないほど統率されたその姿に、俺は思わず内心で感心してしまった。
「撃てッ!」
『ズドォォォォォンッ!!!』
凄まじい爆音と白煙が路地に爆発した。
放たれた弾丸は、正確にチンピラ用心棒たちのわずか数十センチ手前の石畳を容赦なく粉砕し、鋭い破片と砂煙が男たちの顔を打つ。
「ひ、ひぃぁああっ!?」
「な、なんだ!? 銃だと!?」
目の前の地面が文字通り「爆発」した恐怖に、チンピラ用心棒たちは、全員が武器を取り落としてその場にへたり込んだ。腰を抜かし、股間を濡らしている者さえいる。
「……次はないぞ。次は足元じゃない。お前たちの頭だ」
レオが冷酷な笑みを浮かべながら、流れるような動作でライフルのボルトを引き、次弾を装填する動きを見せる。
弾薬が装填される金属音が、恐怖するチンピラたちの耳にいやらしく響く。
「ど、退け! 退くから撃たないでくれ!!」
男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、あとに残されたのは重厚な倉庫の鉄扉だけだった。
いくら金で雇われたチンピラとはいえ、やはり自分の命のほうが惜しいらしい。




