121話 初荷
パリ・総裁府。
「総裁! ラトゥーシュ=トレヴィル提督より祝電です! 『トゥーサンとの独占貿易協定、締結完了! サント=ドマンゴの全資源・農産物の独占供給ルートを確保せり』!」
ラーブルの報告を聞き、マサトは満足そうに笑みを浮かべた。
「やったな、マサト!」
ジャンがバシッとマサトの背中を叩く。
「手も足も出なかったスペインを横目に、カリブ海の莫大な砂糖とコーヒーを全部フランスが独占しちまったぞ!」
「ああ。武力で抑えつける旧時代の植民地支配はこれで終わりだ。現地を豊かにしながら、僕たちが一番儲かる仕組みが作れたよ」
マサトの言葉に、いつもは冷静なラーブルも手元の試算表を眺めながら感嘆の溜息を漏らした。
「それにしても凄まじい計算です、総裁。現地には最新の農機具や製糖機、浄水設備、それにキニーネなどの支援を行いましたが、それらの初期投資は……サント=ドマンゴから独占輸入される砂糖とコーヒーの僅か数ヶ月分の利益で完全に回収できてしまいます」
「うはっ、マジかよ! 損して得取れどころの騒ぎじゃねえな!」
ジャンが大笑いする。ドニも胸を張って追撃した。
「俺らが作った最新式の蒸気製糖機を使えば、従来の奴隷労働の十倍以上の効率で最高品質の砂糖が精製できるからな。現地の人たちも『鞭で叩かれずに給料がもらえて、機械で楽に仕事ができる!』って大喜びだし、フランスの市場には安くて上質な砂糖がドバッと入ってくるんだ。誰も損してないんだよ!」
「いや……正確には、一人だけ『盛大に血涙を流している者』がいますがね」
ラーブルが意地悪な笑みを浮かべ、一枚の書簡を出した。
スペイン本国の宮廷および現地総督府からの、感謝と困惑が入り混じった公式報告書である。
「スペイン本国からは『反乱を無血で収め、サント=ドマンゴを安定させてくれたフランス様々に感謝する』との公式声明が出ました。……ですが、実質的にカリブ海の最重要権益をフランスに完全独占されたことに気づき、マドリードの閣僚たちは夜も眠れないほど悔しがっているそうです」
「ハッ! ざまぁみろだ!」
ジャンがすかさず鼻で笑う。
「自分たちじゃ反乱も鎮圧できず、病気とゲリラで兵隊をドブに捨ててただろ? フランスが間に入って治安を維持してやってるんだ。代わりにフランス港湾への港湾利用料と通行税をしっかり支払ってもらうぜ!」
「その通りだね」
マサトは温かいコーヒーに砂糖をひとすくい入れ、ゆっくりと味わうように喉を鳴らした。
「スペインには『名目上の領有権』というプライドだけ残してあげたんだから、実利をすべて我が国が頂くのは当然の対価さ。武力で支配しようとすれば泥沼の赤字。だけど自立させて対等に取引すれば莫大な黒字……これでヨーロッパの各国も『旧来の暴力的な植民地支配がいかに愚かか』を理解せざるを得ないはずだよ」
マサトの狙いはサント=ドマンゴ一にとどまらない。
この「サント=ドマンゴ方式」を成功実績として掲げることで、いまだ世界中に残る悪質で暴力的な旧時代の植民地支配を、経済的・技術的なロジックで根底から塗り替えていく。それこそが新生同盟の次なる世界戦略であった。
その時、執務室の扉がノックされ、外交部の使者が入ってきた。
「マサト総裁! サント=ドマンゴからラトゥーシュ=トレヴィル提督の艦隊に護衛された、『新生サント=ドマンゴ自治政府からの最初の貿易船団』がトゥーロン港に到着いたしました!」
「来たか……!」
マサトは立ち上がり、ジャンとドニ、ラーブルに向かって大きく頷いた。
「よし、行こう。新時代の幕開けを告げる、甘くて芳醇な『初荷』を迎えに行こうじゃないか!」
旧時代の鎖を解き放ち、圧倒的な技術と経済の力で世界を豊かにしながら包み込んでいく。
マサトたちが創り出す「新しい世界秩序」の波紋は、大西洋を越えてさらなる広がりを見せ始めていた。




