118話 植民地支配
「総裁! カリブ海のスペイン領サント・ドミンゴより緊急公電です!」
パリ・総裁府の重厚な執務室。書類の山に向き合っていたマサトが顔を上げると、ラーブルが険しい表情で一通の書簡を差し出した。
「スペイン当局に対する現地住民と奴隷労働者の爆発的な反乱……ですか。スペイン駐屯軍は壊滅状態。マドリード宮廷から『新生同盟の相互防衛条約に基づき、直ちに鎮圧軍を派遣してほしい』と悲鳴が届いています」
ラーブルの報告に、隣で地図を広げていたジャンが呆れたように鼻を鳴らした。
「へっ、ヨーロッパが平和になったと思ったら、今度は大西洋の向こうか! 旧態依然とした奴隷搾取を続けてるからそうなるんだよ。どうするマサト? スペインの言いなりになって兵を出してやるのか?」
「……ううん、スペインの『力づくで再鎮圧する』というやり方に付き合うつもりはないよ」
マサトは立ち上がると、窓の外の活気あふれるパリの街並みを静かに見つめた。
「ヨーロッパの枠組みが整った今、これが次の課題だ。……武力で力づくで抑え込もうとする旧世代の植民地支配に、僕たちの『内政と技術による平和』を叩き込もう」
「よし、久しぶりの大仕事だな!」
ジャンがニヤリと笑う。マサトは間髪入れずに命を下した。
「海軍大臣兼海軍総司令官、ラトゥーシュ=トレヴィル提督を呼んでくれ。我がフランス海軍の『主力艦隊』を出撃させる。……そしてドニ、現地へ持ち込むインフラ・医療物資の選定と専門技師チームの準備を頼む」
「おう! 携帯型浄水プラント、それに試作型の農機具を船倉いっぱいに積み込ませるぜ!」
国家の最高指導者であるマサトやジャンが直接前線に飛ぶわけにはいかない。
パリから完璧な戦略と物資を授け、信頼できる全権大使と英傑を現地へ派遣するのだ。
数日後、トゥーロン軍港。
海風を浴びながら、出撃の火蓋を切る男がいた。フランス海軍の最高権力者にして名将、ラトゥーシュ=トレヴィル提督である。
「総裁からの直々の全権委任か……ハハッ、血が騒ぐな!」
ラトゥーシュ=トレヴィルは豪快に笑い、自ら旗艦『マサト号』の艦橋へと登った。今は亡きイギリス海軍の英雄ネルソンとの決戦にも用いられた軍艦だ。
蒸気機関と最新式の巨砲を載せた黒き戦列艦群。フランス海軍が誇る圧倒的な「主力艦隊」が、汽笛を鳴らして一斉に抜錨する。
船倉には弾薬だけでなく、ドニの技術省が用意した大量の浄水設備、医療薬品、農機具、そして食料が満載されていた。
数週間後。
大西洋を渡り、黒煙を上げたフランス主力艦隊がサント・ドミンゴ港へ入港すると、その圧倒的な威容に、港へ追い詰められていたスペイン駐屯軍も、森の中から窺っていた反乱軍も息をのんだ。
「お、おお……! ラトゥーシュ=トレヴィル閣下自ら!?」
逃げ込んできたスペイン総督が涙目で駆け寄ってくる。
「よくぞこれほどの主力艦隊でお越しくださった! さあ、あの巨砲で森を焼き払い、反乱分子どもを一人残らず全滅させてくだされ!」
虐殺を望む総督に対し、艦から降り立ったラトゥーシュ=トレヴィルは冷ややかな眼差しで見下ろした。
「総督。マサト総裁より全権を委任された我が海軍大臣としての権限において告げる。これよりこの島の治安維持権は、新生同盟主導国である我がフランス軍が一時預かる。貴官は口出しするな」
「な……治安維持権だと!?」
気押される総督を余所に、提督はに同行したフランス軍将校たちへ指示を出した。
「総裁からの厳命だ。反乱軍に対する一切の先制射撃を禁止する! 各艦から浄水プラントと医療資材を陸揚げし、港湾部に巨大な救護・給水陣地を設営せよ!」
「了解! 大砲の弾ではなく、スープの鍋と薬箱を運べ! 腹を空かせた現地民に温かい食事を配るんだ!」
兵士たちが素早く動き出す。
艦隊の圧倒的な威圧感とは裏腹に、港で始まったのは凄まじい規模の「人間的支援」であった。
泥水と熱帯病に喘ぐ避難民や傷病者に対し、清らかな水と温かいスープが配られ、手際よく治療が施されていく。
「何をしているのだ!? 奴らは反乱軍の身内だぞ!」と叫ぶ総督に、全権大使が静かに言い放った。
「総督。マサト総裁のお言葉です。『銃で撃ち殺せば反乱は永遠に終わらない。ですが、腹を満たし、未来の希望を見せれば、戦う理由そのものが消える』とな」
森の奥で警戒していた反乱軍のスカウトたちも、巨大な艦隊を背にしながら自分たちの身内を救い、人間として扱っているフランス軍の姿に、激しい衝撃を受けていた。
「……提督! 森の奥の反乱軍首領から『対話に応じたい』と伝令が届きました!」
報告を聞いたラトゥーシュ=トレヴィル提督は、不敵に口の端を上げた。
「よし。ドニ殿から託された『手土産』を持って会談に向かうぞ。大砲ではなく未来の技術を携えての交渉……実にマサト総裁らしい、前代未聞の平定劇の始まりだな!」
パリの総裁府でどっしりと指揮を執るマサトたちの意図通り、圧巻の海軍力と圧倒的な内政・医療技術を携えた無血平定が、カリブ海で幕を開けたのだった。




