114話 新生
パリ、総政府大広間。
豪奢なシャンデリアの下に集まったのは、現在のフランスと「確かな関係」を築きつつある主要3カ国の代表たちだった。
一度は敗北を認め、今やフランスの技術と経済力に依存しつつあるイギリスのアディントン首相。
マサトの遠謀に脱帽したオーストリアのヨーゼフ大公。
そして、スペイン内戦によって親仏派へと転換していたスペインの外交特使である。
彼らは円卓を囲んで座っていたが、その表情には隠しきれない緊張と強い警戒心が色濃く影を落としていた。
一体、何の用だ……? イギリスを経済的に屈服させ、教育改革まで成功させた今、フランスは我々に何を強要するつもりなのだ……
代表たちが腹の中で探り合っていると、重厚な扉が開き、マサトがジャン、ドニ、ラーブル、探してナポレオンとラ=ファイエットを引き連れて姿を現した。
「皆さん、遠路はるばるパリへようこそ」
マサトは穏やかに微笑みながら中央の席に着いた。
「今日、信頼できる友邦であるイギリス、オーストリア、スペインの皆さんをお呼びしたのは、他でもありません。……これ以上の無意味な軍拡と戦争を終わらせ、我が国を含めた4カ国で『新しい時代の秩序』を作るためです」
マサトの言葉を受け、ラーブルが静かに一巻の巨大な協定書を円卓の中央に広げた。そこには『新生同盟設立協定』と刷り込まれていた。
「協定の第一柱は『完全な共通市場の形成』です」
ラーブルが優しく説明を引き継ぐ。
「フランス、イギリス、オーストリア、スペインの4カ国間において、すべての関税を撤廃します。フランスが誇る最新の蒸気機関や機械製品、イギリスの鉱物資源、オーストリアの農産物や鉱業、スペインの貿易網を、関税なしで自由に取引できるようにするのです」
「関税の……全面撤廃……!?」
オーストリアのヨーゼフ大公が目を見開いた。
「我が国の農産物や鉱物を、フランスの巨大な市場へ関税なしで売れるというのですか!? それに、あの凄まじい蒸気機関や高速印刷機といった最新技術も、我が国へ自由に輸入できると……!?」
「ええ。技術に関してはある程度の制限はかけますが、狭い領土を奪い合って戦争をするより、4カ国で貿易を回した方が、全員の国庫が何倍も潤います」
ラーブルの提示した莫大な経済的メリットに、イギリスのアディントン首相も思わずゴクリと唾をのみ込んだ。自国を締め上げるどころか、むしろフランスの圧倒的な豊かさの「分け前」をくれるというのだ。
どよめく円卓に対し、今度はジャンが一歩前へ踏み出された。
「おいおい、商売の話だけで浮かれるなよ。儲けるためには『絶対的な安全』が必要だろう?」
ジャンの鋭い視線に、各国の代表たちが背筋を正す。
「協定の第二柱……『共同防衛規約』だ。ルールは単純だぞ。この新生同盟に参加した4カ国のうち、どこか一国でも加盟国以外の外敵……例えばプロイセンやロシアなどが襲いかかってきた場合、それは『4カ国全体への攻撃』とみなす」
「な……!?」
「我がフランス軍をはじめ、加盟国の全軍が即座に結集し、共同で敵を粉砕する。防衛の指揮と最新兵器の供給は、ウチの陸軍のトップであるナポレオン将軍と技術省が全面的にバックアップしてやる」
ジャンの言葉に、ナポレオンが不敵な笑みを浮かべて深く頷いて見せた。
なんということだ……!
スペインの特使は、あまりの衝撃に膝が震えるのを抑えられなかった。
かつて世界を震撼させたあのナポレオンの軍隊や、マサトの圧倒的な最新兵器が……これからは我が国を守る『最強の盾』になるというのか!?
「武力で我々を従わせるのではなく……」
アディントン首相が、感無量といった面持ちで呟いた。
「圧倒的な経済力で豊かさを保証し、圧倒的な軍事力で安全を与える。……断る理由など、どこにも存在しないではないか」
マサトは円卓の首脳たちを見渡し、静かに問いかけた。
「力で奪い合う古い時代を捨て、生まれ変わるための絆……それが『新生同盟』です。この構想に、賛同していただけますか?」
「もちろんです! わがオーストリアは、喜んで新生同盟に参加いたします!」
ヨーゼフ大公が真っ先に立ち上がり、声を張り上げた。それに続くように、アディントン首相も、スペイン特使も、興奮と深い安堵の表情を浮かべて強く頷いた。
「よし……まずはこの4カ国で『核』を作る。これを見た他の国々も、すぐに自分から頭を下げて入らせてくれと言ってくるはずだ」
マサトは隣のジャンと目配せを交わし、確かな手応えに笑みを深めた。
世界を揺るがす「新生同盟」の誕生へ向けて、最初にして最大の大きな一歩が踏み出されたのだった。




