111話 準備
パリの総政府執務室。
マサトのデスクの上には、全国公立学校の設立に向けた具体的な「二大課題」が突きつけられていた。
「一つ目は、全国の子供たちに配る『大量の教科書』。二つ目は、それを教える『圧倒的な教師不足』だ」
集まったジャン、ドニ、ラーブルを前に、マサトが課題を整理する。
「一つ目の教科書の方は、ドニがなんとかしてくれたぞ」
マサトが示すと、ドニが得意げに胸を張った。
「へへ、工廠にある蒸気機関を応用して、自動で紙を送り出して印刷する『超高速蒸気印刷機』を作ったんだ。これなら手作業の百倍以上の速さで、全国の子供たちの分まで一気に教科書を刷り上げられるぞ!」
「さらに、文字がまだ読めない子供でも興味を持てるよう、挿絵や図解をたくさん入れました」
ラーブルが優しく補足し、刷り上がったばかりの美しいサンプル本を机に並べた。
「さすがだな、二人とも。これで教材の目処は立った」
マサトは微笑んだ後、表情を引き締めて本題に入った。
「問題は二つ目……『誰が教えるか』だ。校舎と本があっても、教える人間がいなきゃ学校は回らない。だが、既存の学者や聖職者だけじゃ、全国の学校をカバーするには到底足りないんだ」
「まあな。それに小難しい学術用語をこねくり回す奴らに、ガキどもを扱えるとは思えん」
ジャンがポケットに手を突っ込んだまま頷く。そこでマサトはニヤリと笑った。
「だからこそ、全く新しい人材を『先生』として雇用したい。……退役した兵士たちと、鍛え上げた職人たちだ」
「なっ……退役兵士と職人を先生に!?」
ジャンとドニが同時に声を上げた。
「そうだ。戦争が終わり、退役した兵士たちの再就職問題はジャンの治安維持にとっても頭の痛い種だったはずだ。彼らの中で文字や計算ができる者に、短期間の『教員講習』を受けてもらう。彼らは規律正しく、子供たちの面倒を見る根性もある。歴史や地理、基本的な読み書きと算数を教えるには最適だ」
「……なるほどな」
ジャンの目が光った。
「軍を退いた後の食い扶持に困ってた連中に『先生』っていう新しい誇りと仕事を与えれば、治安も安定するし、職も生まれる。一石二鳥じゃねえか!」
「さらに、職人たちには、実践の授業で簡単な『理科』や『図工』を教えてもらう。教科書上の知識だけじゃなく、実際に機械を触ったり、物を組み立てたりする楽しさを教えるんだ」
「そいつは面白そうだ!」
ドニが身を乗り出した。
「現場の職人が教える技術なら、そこらの学者よりもよっぽど役に立つ! 俺も教壇に立ちたいくらいだぞ!」
「ふふ、これで『パリ教員養成所』の立ち上げが決まりましたね」
ラーブルも嬉しそうに微笑んだ。
数日後、パリ郊外の元・兵舎を利用した教員養成所。
そこには、かつて戦場で銃を握っていた退役兵士たちと、頑固そうな職人たちが大勢集まっていた。
「……いいか、お前たち」
壇上に立ったマサトが、集まった男たちを見渡して静かに語りかける。
「お前たちがこれから握るのは、敵を倒すための銃でも、自分のためだけに使う工具でもない。この国と、子供たちの未来を創るためのチョークだ。お前たちが教える知識が、次の時代のフランスを支える強さになる」
その言葉に、男たちの目が変わった。
戦う場を失い、社会から必要とされていないのではないかと不安を抱いていた彼らの胸に、熱い誇りが灯った瞬間だった。
「よし……! 俺たちが、最高の先生になってやろうじゃねえか!」
元兵士の一人が叫ぶと、歓声が上がった。
「完璧だな、マサト」
壁にもたれかかっていたジャンが、満足そうに煙草の煙を吐き出した。
「ドニの技術で本を作り、お前のアイディアで仕事と先生を生み出す。これでもう、学校が開校できない理由はなくなったな」
「ああ。準備はすべて整った。次は……いよいよ最初の学校の開校式だ」




