第110話 未来
アランソンで休暇を過ごしからパリへ戻ったマサトは、さっそく「全国公立学校設立案」の策定に取りかかっていた。
執務室の机には、フランス全土の都市や村の地図と、膨大な予算案が広げられている。
「……よし。まずは主要都市にモデル校を作り、教員の育成と教科書の編纂を同時に進める。イギリスからの賠償金と、戦費の貯蓄の一部を充てれば、十分に運用可能だ」
マサトがペンを走らせていると、ノックもそこそこにジャンが入ってきた。
「忙しいところ悪いな、マサト。オーストリアからの『お友達』が到着したぞ」
「ウィーンからの使節か。ビビってた割には素早い対応だな」
「そりゃそうだろ。イギリスがあんな目に遭ったんだ、次は自分たちの番かと夜も眠れなかったはずさ。……で、やってきたのはただの外交官じゃない。なんと皇帝フランツ2世の弟、ヨーゼフ大公だ。本気で機嫌を取りに来てるぜ」
「皇族自ら来たのか。……よし、大広間で迎えよう」
同日午後、総政府の大広間。
豪奢な軍服に身を包んだオーストリアのヨーゼフ大公は、マサトの前に立つと、礼儀正しく、しかしどこか緊張を孕んだ面持ちで頭を下げた。
「お目にかかれて光栄です、マサト総裁。わが兄、オーストリア皇帝フランツ2世より、貴国の新たなる平和と発展を祝う親書をお持ちいたしました」
「歓迎いたします、ヨーゼフ大公。遠路はるばる感謝します」
マサトが穏やかに微笑みながら親書を受け取ると、大公は探るような視線を向けた。
「……時に、マサト総裁。街を通りかかった際、旧貴族の館や軍事施設が次々と改装されているのを目にいたしました。もしや、新たなる軍備の拡張でございますか?」
オーストリア側としては、イギリスを叩き潰したフランスが次に向ける「矛先」がどこなのか、恐怖で確かめたくてたまらなかったのだ。
マサトは少しおかしそうに笑うと、首を振った。
「いいえ。あれはすべて『学校』と『図書館』に生まれ変わらせているのです」
「……学校、ですか?」
思いもよらない回答に、大公はポカンと口を開けた。
「ええ。我が国はこれから、身分や貧富に関わらず、すべての子供たちが無料で読み書きや計算、そして最新の科学技術を学べる『公立教育制度』を開始します。大公、軍隊を養うよりも、国民全員に知恵を授けるほうが、国ははるかに強く、豊かになると思いませんか?」
「……! 貧民や平民にまで教育を……? それでは、身分の秩序が崩れてしまわないのですか?」
「民が愚かなままでは、国は発展しません。知識を持った国民が新しい技術を生み出し、新しい価値を作る。それが、我がフランスの強さの源泉です」
マサトの言葉に、ヨーゼフ大公は絶句した。
軍事力を誇示されるよりも恐ろしい……。この男は、数年後、数十年後の未来を見据えて国を作り替えているのだ。我が国が兵士の数や徴税の額で悩んでいる間に、フランスは『国民の質』そのものを次元の違う次元へと引き上げようとしている……
オーストリアが勝てる要素など、どこにもなかった。大公の背中に冷や汗が伝う




