第106話 責任
ロンドン、ウェストミンスター宮殿。英国議会の議場は、割れんばかりの怒号と悲鳴に包まれていた。
「責任を取れ! 主戦派のタヌキどもめ! お前たちの愚かな判断のせいで、我が国は壊滅的な大打撃を受けたんだぞ!」
「そうだ! フランスの『新兵器』と真っ向からやり合って勝てるわけがないと、あれほど警告したはずだ!」
議場のあちこちから激しいヤジが飛び交う。
かつてフランスを東西から押し潰そうと「対仏大同盟」の中心に立ち、対仏強硬派の閣僚たちは、青ざめた顔で泥のように座り込んでいた。
勝てるはずの戦いだった。しかし、いざ蓋を開けてみれば、戦場に現れたのはこれまでの常識を根底から覆す「異次元の軍隊」だったのだ。
最新鋭のライフルと桁違いの練度と射程を持つ大砲。そして鉄道を使った補給線。
イギリス軍は大敗を喫し、自慢の艦隊が壊滅し英雄ネルソンも失った。
「だ、だが! フランスを放っておけば、奴らの勢力はさらに拡大し」
主戦派の議員が反論しようと立ち上がった瞬間、野党側の若い議員がデスクを激しく叩いた。
「黙れ! これ以上フランスを怒らせてどうする! 奴らは今や『鉄道』と呼ばれる鉄の機関車を走らせ、国中で物資を恐ろしい速度で回しているんだぞ!? 治安も経済も完璧、国民の士気も最高潮だ! 我が国が敗戦の処理に追われている間に、向こうは国家としての次元が変わっているんだ!」
「ひっ……!」
「まともな陸軍の将校たちも『あんな化け物みたいな大砲を持った相手と二度と戦いたくない』と言っている! これ以上の戦争は、ただの国家自殺だ!」
圧倒的な事実を突きつけられ、主戦派の議員はぐうの音も出ずへたり込んだ。
もはや議会において「フランスと戦う」などという主張は、正気を疑われるレベルの愚行となっていた。
議場の混乱が絶頂に達したその時、静かに壇上へと上がった男がいた。
穏健派のリーダー、ヘンリー・アディントンである。
アディントンは静かに眼鏡の枠を整えると、騒然とする議場を見渡して朗々と声を響かせた。
「諸君、不毛な責任転嫁はやめよう。……もはや旧時代のプライドに固執している猶予はない」
議場がしんと静まり返る。
「我々が戦っていたのは、単なる一つの国ではない。フランスが創り出した『新しい時代』そのものなのだ。……刃を交えて勝てないのなら、我々が取るべき道は一つしかない」
アディントンは力強く胸を張った。
「現内閣の退陣を要求する! 我が党が新たな政権を組織し、フランスと平和通商条約を結ぶのだ!」
『異議なし! 新首相はアディントンだ!』
『マサト総裁と和解しろ! 我が国に平和と貿易を!』
議場から地鳴りのような拍手と歓声が巻き起こった。
こうして、対仏強硬派の政権はあっけなく崩壊し、アディントンを新たな首相とする新内閣が誕生したのだった。




