第105話 灯火
三つの省庁が立ち上がってから、数ヶ月の月日が流れた。
パリの街並みは、数ヶ月前とはまるで一変していた。
路地裏を埋めていた浮浪者や治安の悪化は、ジャンが率いる「警察省」の徹底した巡回とフェアな取り締まりによって急速に姿を消した。
かつて夜一人で歩くことすら危険だった通りに、市民たちの明るい笑い声が戻っている。
郊外へ目を向ければ、ドニ率いる「技術省」の指導のもと、黒煙を吹き上げながら力強く試運転を繰り返す蒸気機関車と、各地へ伸び始める鉄のレールがあった。物資の輸送速度はこれまでの数倍になり、途絶えていた経済の血流が勢いよく巡り始めている。
そして、ラーブルの「特産物復興省」は、戦争で仕事と誇りを失っていた各地の職人たちに再び光を当てた。アランソン・レースをはじめとする伝統工芸品が正規の価格で市場に出回り、地方の農村や町に大きな富をもたらしていた。
「……信じられないな。こんな短期間で成果が出るなんて、本当に国が変わってきている」
総裁府の執務室。窓の外に広がる活気あるパリの街並みを見下ろしながら、マサトは小さく呟いた。
もちろん、すべてが順風満帆だったわけではない。
任命の初期、パリの旧貴族や高官たちの間では、心ない噂が市井にまで流れていた。
『新設された省庁の長官たちは、アランソンの田舎職人らしい』
『マサト総裁の友人というだけで、大金と権力を与えられたお気に入りたちだ』
そんなやっかみや蔑みの声は、マサトの耳にも届いていた。
だが、三人はそんな陰口を意にも介さず、泥臭く現場を走り回った。
ジャンは旧警察の買収や不正をその目で暴き、自ら路地裏に立って街を守り抜くことで警察機構の信頼を勝ち取った。
ドニは「能書きはいいから俺の作った機械を見ろ」と頭の固い技師たちを技術で黙らせ、瞬く間に職人たちのカリスマとなった。
ラーブルは泥に塗れた地方の工房へ自ら足を運び、職人たちの手に握りこぶしを作り、適正な取引ルートを切り開いた。
今や『総裁の友人だから』という噂は消え去り、『あの三人だからこそ、マサト総裁はフランスを託したのだ』という称賛へと変わっていた。
コンコン、と軽やかなノックの音が響く。
「入れ」
扉が開くと、書類を抱えたジャン、ドニ、ラーブルの三人が入ってきた。かつての質素な服ではなく、それぞれの省庁の長官としての仕立ての良い上着を羽織っているが、その表情はアランソンの工房にいた頃となにも変わっていない。
「マサト、今月の治安維持と経済循環の報告だ。パリだけじゃなく、リヨンやマルセイユでも犯罪率が劇的に下がってるぜ」
ジャンが報告書を机に置く。
「鉄道の延伸も順調だ! 来月にはフランスの主要都市は全て結ばれる。職人どもも最初はビビってたが、今じゃ目の色変えて蒸気機関にへばりついてるぜ」
ドニが豪快に笑う。
「特産物の輸出ルートも整いました。職人さんたちが『これで子供に腹いっぱい飯を食わせられる』って、泣いて喜んでいましたよ」
ラーブルが温かい笑みを浮かべた。
「みんな……本当にすごいよ。俺が思い描いていた以上のペースだ。感謝する」
マサトが心からの言葉を口にすると、三人は顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。
「よせよ、俺たちはただ、お前が作った道の上を全力で走ってるだけだ」
ジャンが懐かしのシードルの瓶を取り出し、グラスに注ぐ。
「そうだぞ! 俺たちの仕事は、お前の無茶振りを形にすることだからな!」
「ふふっ、これからもどんどん頼りにしてくださいね、マサトさん」
四人はグラスを掲げ、静かに乾杯を交わした。
アランソンの小さな街で生まれた灯火が、いまやフランス全土を照らす大きな太陽になろうとしている。




