第104話 3人
華やかなチュイルリー宮殿での陸海軍大臣任命式から、数日が経った。
あの日、軍の新たな体制を整えたことで、マサトはひとまず大きな仕事を終えたそう思っていた。だが、総裁府へ戻り、一人で机に向かった時。
「……まだ、半分だな」
机の上には、フランス各地から届けられた報告書が山のように積まれている。
軍の再編。兵器の生産。鉄道の整備。そして、戦争によって疲弊した各地の経済。
軍隊を強くするだけでは、この国は立ち直らない。むしろ、戦争を続けるためにも、国民の暮らしを守るためにも、内側からフランスを作り直さなければならない。
「……そうなると、やっぱりあいつらしかいないか」
マサトの脳裏に、三人の顔が浮かんだ。
アランソンで共に過ごした仲間たち。街を守ったジャン。鉄と機械を生み出してきたドニ。
そして、レースをはじめとする伝統産業を支えてきたラーブル。
「呼んでくれ」
マサトは側近にそう告げた。
「アランソンから来ている三人を、俺のところへ」
そして数日後。
「失礼するぜ」
扉が開いた。
「お邪魔します、マサトさん」
「おう、呼ばれたから来てやったぞ!」
入ってきた三人を見て、マサトは思わず笑った。
「久しぶりだな、お前ら」
「久しぶりも何も、最近まで散々顔合わせてただろ」
ジャンが呆れたように言う。
「そうだったか?」
「そうだよ」
ラーブルが小さく笑った。
「でも、こうして総裁府に呼ばれると、なんだか昔とは違う感じがしますね」
「違う感じ?」
マサトが聞き返す。
「ええ。昔はアランソンの工房や街の中で、マサトさんの無茶な話を聞いていたのに……」
「無茶な話とはなんだ!」
ドニが豪快に笑う。
「実際、無茶だっただろうが!」
ジャンも笑った。
「蒸気機関だの鉄道だの、最初に聞いた時は俺も頭がおかしくなったと思ったぜ」
「お前ら、よくそんなこと言えるな。ちゃんと作っただろ」
「だから余計に怖ぇんだよ!」
四人の間に笑い声が広がった。
ほんの一瞬。
ここがフランスの政治の中心であることを忘れてしまいそうになる。アランソンの小さな街で、何者でもなかった頃と同じだった。
だが、今の俺たちは、もうあの頃とは違う。俺はフランスの総裁。
「……だからこそ、今日はお前たちを呼んだ」
マサトは笑みを残したまま、机の上に置かれた三枚の書類へ目を向けた。
「軍の体制は整え始めた。けど、それだけじゃフランスは変わらない」
三人が静かに耳を傾ける。
「戦争で疲れた国民の暮らしを立て直す。産業を育てる。新しい技術を広げる。そして、フランス各地の経済をもう一度動かす」
マサトは一枚目の書類を手に取った。
「そのために、お前たちに頼みたい仕事がある」
ジャンがニヤリと笑う。
「なるほどな。俺たちを呼んだ理由が、ようやく分かったぜ」
「ああ」
マサトも笑った。
「ここからは、俺たちがアランソンでやってきたことを、フランス全土でやる」
そして、マサトは正式な任命書を三人の前へ並べた。
「ジャン」
「おう」
「警察省を新設する。お前を初代長官に任命する」
ジャンの表情が引き締まった。
「アランソンで自警団を率いて街を守ってきた経験を、今度はフランス全土で活かしてほしい。各都市の治安維持、犯罪の取り締まり、そして外国のスパイへの対策も任せる」
ジャンは任命書を受け取り、ニッと笑った。
「任せろ。俺たちの街を守る。昔から、それだけは変わらねぇからな」
「頼りにしてる」
続いてマサトは二枚目を手に取った。
「ドニ」
「おう!」
「技術省を新設する。お前を初代長官に任命する」
「技術省……!」
ドニの目が輝く。
「アランソンで作ってきた蒸気機関も、鉄道も、これから必要になる新しい技術も、フランス全土へ広げてほしい」
「へっ、久しぶりのデカい出番ってわけだな!」
ドニは任命書を受け取り、豪快に笑った。
「お前が持ってくる無茶苦茶な案を、今まで何度鉄に叩き込んできたと思ってやがる! これからはフランス中の職人に、俺たちの技術を叩き込んでやるよ!」
「期待してるぞ、ドニ」
そして最後に、マサトは三枚目の任命書を手に取った。
「ラーブル」
「はい」
「特産物復興省を新設する。お前を初代長官に任命する」
ラーブルは目を見開いた。
「私が……?」
「ああ」
マサトは優しく笑った。
「重工業だけが産業じゃない。アランソンのレースをはじめ、フランス各地には世界に誇れる職人技がある。それをもう一度、産業として蘇らせたい」
「……!」
「お前には、その中心になってほしい」
ラーブルは任命書を両手で受け取った。
「……はい!」
その声には、強い決意が込められていた。
「アランソン・レースだけじゃありません。フランス中の職人たちが、自分たちの技術に誇りを持てるようにします」
「ああ。それを頼む」
三人がそれぞれ任命書を手にする。
マサトはそんな三人を見ながら、ふっと笑った。
「……まさか、俺たちが本当にここまで来るとはな」
「何言ってんだ」
ジャンが肩をすくめる。
「最初からお前は『フランスを変える』とか言ってただろ」
「そういやそうだったな」
ドニも笑う。
「俺なんか、蒸気機関を見せられて『世界をひっくり返す』なんて言われたんだぞ。今さら驚くかよ」
「ふふっ……」
ラーブルも笑った。
アランソンの小さな工房から始まった、無茶苦茶な夢。それは今や、フランスという国そのものを動かそうとしている。
「……じゃあ、行くか」
ジャンが立ち上がる。
「俺たちの新しい仕事が待ってる」
「おう!」
「はい!」
「……ああ」
四人は笑いながら、会議室を後にした。軍の再編から始まった、新しいフランスの改革。
だが、国を変えるために必要なのは、軍事力だけではない。『治安』『技術』『産業』そして、『人々の暮らし』。新時代のフランスは、今度はその内側から変わろうとしていた。




