第40話 誰かに伝えたかった
大いに盛り上がった宴会も終わりを迎え、翌日の朝。駈は日差しの弱い太陽を背にして階段を上っていた。
「お兄遅いよー」
先にいた早苗が振り向いて煽ってくる。駈はその声の方向に顔を向けてから、急ごうと重たい足を運んでいく。
駈たちはお盆参りに来ていた。山の一部を切り取っているため周りは自然に囲まれ、野鳥の鳴き声や虫の羽音、風に揺られる草木の音が静かに奏でられている。
「あー着いた……」
「もう駈、そんな疲れた顔しないの」
紗季は遅れて着いた駈の顔を見て小さく息をついた。昨日の宴会で思いのほか話が盛り上がってしまった、そして大勢との談笑が初めての経験だったため仕方ない。
それに加えて寝不足だ。隣で寝ていた早苗と孝の腕ないしは足が駈に乗せられ、睡眠を邪魔されていた。いちいち除けて寝る姿勢になっても戻ってきたため無理やり寝たのだが、疲れなんて取れるはずがない。
「とりあえず掃除してね、はいこれ」
「……わかった」
駈は重たい腰を伸ばし、渡された小さめの箒を手に取った。祖母と姉も旅館の仕事があるため、お盆参りの時期にしか来ることが出来ない。そのため、一年ほどの年月が経った墓はそれなりに汚れてしまっているので、毎年掃除から始まるのだ。
そのまま駈は自分の仕事を済まそうと、周りに落ちていた葉っぱや小枝を掃い始める。
「昨日はよく眠れたかい?」
「ん? まあね」
しゃがんで作業をしていた駈が立って背筋を伸ばしていると、後ろから祖母に話しかけられた。心配をかけたくなかったため、咄嗟に嘘をついたが、バレていないのか笑顔で続ける。
「そうかそうか、それは良かった。昨日とても楽しそうにしていたからね。それならご先祖様にもゆっくり報告出来そうだね」
「報告?」
「そうそう。この一年であったことをお話するの。駈ちゃんも、そうするといいよ」
祖母は優しい表情を浮かべると墓に体を向け、お供え物を並べ始めた。報告とは、どんなものでもいいのだろうか。駈は掃除に戻ったが、漠然とした祖母の言葉につい考え込んでしまう。
「よーし、そろそろ終わりかな」
拭き掃除をしていた孝が雑巾片手に立ち上がった。いつの間にか掃っていた部分はもちろん、大理石で建てられた墓も綺麗になっている。駈も手を止め、お参りをしようと中心に向かった。
そして、ゆっくり目を閉じ、手を合わせる。
聞こえるのは風の音だけ。安らかなその時間に心が澄んでいくような気がして、心地よい。
(報告か……)
駈はここ数か月であったことを回想する。
まずは、速人と同じクラスになったこと。昨年は違うクラスだったから嬉しかったのを憶えている。学校でぽっかり空いた穴を埋める親友に出逢えて良かったと心底思う。たまにからかってくることにイラつくけど。
そして、すぐに仲良くなった神戸さん。速人と昨年同じクラスで何かと考査の成績で勝負している、言動に勢いがあってノリで生きているような人だ。すぐに名前で呼んできた時は本当に驚いた。ここまで仲良くしてくれる異性は初めてだ。
考査準備期間に勉強会もした。速人の家で雑談を交えながら楽しんでいたけど、たまに二人一緒になって俺をからかってきたものだから困っていた。合わせちゃいけない、そんな二人だけど、いい人なんだ。頭も良くて、気配りもできて、なにより友達想い。助けられてばかりだから、いつか感謝を伝えたいと思っている。
その二人のおかげで学校生活は多少楽しくなったけど、それでもまだ心が埋まらない。そんな時に出逢ったのが、結花だ。気分で知らない道を歩いていたら偶然神社を見つけて、気になって奥に進んだら泣いていた。それに加えて、狐の尻尾が生えていた。それが初対面だから、衝撃的過ぎて忘れることなんてない。
その後もなんだかんだ同じ場所で会い続けた。あの場所で『感情が高ぶると尻尾が出てくる』と悩みを打ち明けてくれて、その解決策を一緒に考えた。それで俺が急にお化け屋敷に行こうって言ったんだっけ、今考えたらおかしいことを言った気がする。
夏休みに入ってからも楽しいことだらけだった。結花と二人で行った遊園地、学校の人たちと行ったプール。初めて高校生らしい遊びをした。それで体が追いついてなかったのか、微熱が続いて体調も崩した。急に結花が家を訪ねてきて看病してくれて、本当に助かったのを憶えている。
この数か月でたくさんのことを学んだ。正直になること、純粋に楽しむ心、頼る勇気。今まで暗かった心が、光が手を差し伸べるようにどんどん晴れていったんだ――。
駈は見ず知らずの先祖に向かって語り続ける。どこかで聞いているのか、風は相槌を打つように強弱を繰り返していた。それに気づくはずもなく、未だ手を合わせながら目を閉じている。
「駈ちゃんや」
「……あ、おばあちゃん」
駈は声をかけられて、やっと目を開けた。突然、光を与えられた眼は世界を白く映す。慣れるまで目を細めながら祖母の方に体を向けた。
「ご先祖様に報告、出来たかい?」
気づけば片付けをしているのか周りに家族はおらず、祖母しかいなかった。それだけ長い時間が過ぎていたのだろう。その駈を横で見ていた祖母は確認するように聞いてきた。駈は目を見開き、それに答える。
「うん、ちゃんと言えたよ」
その表情は爽やかで、澄んでいて、暗くない。
誰かに伝えたかった本音をやっと言えた解放感から、心が軽くなっていた。
40話ですね……キリが良くてつい微笑んでしまいます。
そんなこんなで実は後5話ほどで第一章が……。
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