第41話 家族の温かさ
駈は祖母に向けていた顔を片付けに集中させた。と言っても、掃除用具をまとめるぐらいしかやることが残っていない。
「わあ!」
「……ひっ! そんなもん見せてくるなよ!」
後ろから声をかけられて振り向いた駈は、早苗が手に持っていた虫を見て間抜けな声を上げた。苦手なものを急に見せられた衝撃で、掃除用具をまとめようと持っていたバケツも落としてしまう。
「うひひ、反応面白すぎ!」
早苗は腹を抱えて笑い始めた。からかうのも大概にしろと言わんばかりに駈が頭にチョップを仕掛けたが、何度やっても収まる気配がない。はあ、と駈は大きめの溜め息をついてからバケツを手に取った。
程なくして片付けも終わり、駈たちは旅館に戻ろうと車の中にいた。
「それじゃ、また後で」
紗季は窓越しに車に乗っていた姉に小さく手を振る。
ここから旅館まではだいたい30分かかる。駈は行きで寝ていたため、あっという間に着いた感覚でいたのだが、実際は絶妙な時間だ。珍しく昨日から溜めているメッセージでも返そうと、駈はスマホを取り出した。
「あ、そういえば。今日の夜花火やるって言ってたわよ」
「え!? 本当!?」
車のエンジンが音を立てると共に、早苗が前のめりになって目を輝かせる。今から車を出そうとしていた孝が頭を引っ込ませようと片手で押し退けた。
「いてて、お兄も花火する?」
早苗が痛そうに頭の上に両手を乗せながら聞いてきた。いつもならすぐに何かと理由をつけて断る駈だったが、手に持ったスマホを握りしめながら考えている。その手は力が入っていないはずなのに、僅かに震えている。
「……行こうかな」
「わあい!」
駈は意を決して、声をこもらせながらも答えた。早苗は手を上げて喜びを見せる。しかし、紗季にとっては予想外の返しがきていたのか、静かに面食らっていた。
「……そう。駈も行くのね」
「ん? お母さん、どったの……あ」
早苗が覗き込むように見ていた紗季の顔は微笑んでおり、どこか嬉しそうに鼻歌も交えている。真後ろに座っていた駈はそんなことを知る由もなく、早苗の軽く驚いた表情を見て汲み取る他なかった。
行くといっただけで驚かれるのも分らなくもない、と思っていた駈は不服そうに頬杖をつきながら窓の外を眺める。
「よし、二人とも行くって連絡しといたわよ。しかし、駈も行くなんてびっくりしたわ」
「お兄ね、最近友達ともよく遊びに行くの! 昨日もプールの話したけど、毎週のように外に出てるの!」
「へー、そうなのか。やっぱり女か?」
「違うっての!」
早苗がべらべらと話すとこまでは口出しをしないよう我慢出来たが、突然割り込んできた孝の言葉に耐え切れず大声を出した。ムッとした表情の駈に早苗はほくそ笑み、さらに畳みかけようとプールでの話をし始める。
止める気も起きないほど呆れていた駈は切り替えようと溜め息をついてから窓に向き直す。視線こそ外に向けているが耳は早苗たちに向けている。余計なことを言った時にすぐ間に入るためだ。
「んでさ、帰り道で急にお兄がスマホ見始めてね」
両親は前を向きながら、何気ない娘の無邪気な姿に話を遮ることなく相槌を打ち続ける。和気あいあいとした雰囲気の傍ら、プールで転んだことや結花と一緒にいたことを話されてそわそわしている駈。バレないように澄ました顔でいるが、うっすらと赤らんでいる頬が窓に反射している。
(……スマホってことはお揃いの話か)
振り返るように話していたため、先の展開が読めていた駈は突っ込むことがなかった。その後は友人と別れて家まで帰るだけだから、もう大丈夫だろう。
「お揃いでキーホルダー買ったんだよーって言ったの。あ、そういえばお兄」
早苗は何か思い出したのか、急に話を止めて駈の肩を叩いた。予想通りお揃いの話になったと安堵していた駈は流れるように早苗の方を向く。
「んー? どうした?」
「いや、何のキーホルダー買ったのかなーって。速人くんたちに送ったなら写真持ってるよね?」
油断したのも束の間、早苗はニコニコと屈託のない笑みと手のひらを向けてきた。しかし、駈には何かを企んでいるような顔にしか見えないのかスマホを渡そうとはしない。写真を見られるのはいいとしても、結花とのやり取りは見られるわけにはいかないのだ。
「うわ!?」
「ちょっとお兄、何で見せてくれないの」
いつまで経ってもスマホを渡してこない駈にしびれを切らした早苗は無理やり奪おうとし始めた。車が揺れているのではないかと思うほどの激しい攻防を繰り広げているが両者一歩も譲らない。
「ちょっと二人とも、いい加減にしなさい」
「もう、お兄のせいで怒られたじゃん」
「いや、俺は悪くないだろ」
紗季から飛んできた怒りによって収束したが、早苗は頬を膨らませている。元はと言えば渡す前に自分から見せればよかったと今更気づいた駈はアルバムを開いた。アルバムを漁るほど写真はなく、すぐにキーホルダーの写真が見つかった。
「ほら、これだよ」
「へー、って本当にお兄に似てるんだね、うける!」
早苗は腹を抱えて笑い出した。犬は身内から見ても駈の顔に似ているらしい。
「見てよお母さん、マジで似てる」
「あ、ちょ!」
早苗は前にいた両親に見せてやろうとスマホを取った。駈の抵抗も虚しく、紗季からも笑い声が聞こえてくる。
「本当だ、よく似てる」
「え、俺も見たいんだけど」
「お父さんは運転してるからダメー」
孝はどうしても見たかったのか「えー」と言って肩を落とした。それによって車内は笑い声に溢れ、和やかな時間が流れる。駈は小さく息をつき、その様子を静かに見守っていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
よろしければ評価(下の☆マークのとこ)やブックマーク登録をしていただけると大変励みになります!
感想やレビューもお待ちしています。




