第39話 年に一度の宴会
ガヤガヤと老若男女の声が響き渡る宴会場は、駈たちを除いて全員集まっているようだ。ほとんどが祖母の知り合いで、昔からの友人や旅館関係の方などが席に座って待っている。
駈たちは奥の席、上座に近いところに案内された。祖母の肉親ということで三橋家は毎年、祖母と姉を挟むような形で座るのだ。
「よいしょっと」
「もう早苗、はしたないわよ」
「まあまあ、とにかく座りなさい」
祖母は隣にいる駈たちにしか聞こえない声量で急かすように早口で促す。いつの間にか大広間中を駆け巡っていた音は静まり返っていたようだ。駈は音を立てないようにゆっくりと座椅子に腰を下ろした。
祖母は立ったまま会場を見渡している。この場にいた全員に注目されていることを確認したのか、しおれた唇を震わせながら口を開き、開始の挨拶を始めた。
「今年もお集り頂き、ありがとうございます――」
駈はこの時間が苦手だ。祖母の隣に座っているため、どんな顔をして待っていたら良いのか分からない。暗い顔はよしておこうと場の空気を乱さぬように、顔を引きつかせながら無理やり作り笑い浮かべている。
「――それじゃ、挨拶はこれくらいにしてね。では皆さん」
やっとか、と一分も経っていない時間にも待ちくたびれていた駈は誰よりも早くジュースが入ったグラスを持った。宴会と言えば始まりの音頭。ここでも定石通りに各自用意されたグラスを掲げて行われる。
「はい、乾杯」
駈は声を出さず、自身の胸と同じくらいの位置でグラスを掲げた。その後はグラスの中身を飲み干す者、目の前にある料理に手をつける者、反対に食事には目もくれず談笑を楽しむ者。この時間が待ち遠しかったのか、静寂が嘘だったかのように会場が騒がしくなった。
祖母はというとすでに隣にはおらず、席を外している。それもそのはず、貸し切り状態と言っても仕事はあるのだ。落ち着いた頃に戻ってくるのだが、宴会の終盤になることが多い。
祖母とは逆隣に座っていた早苗もいない。親戚一同に愛嬌を振りまきながら回っている。駈と早苗のように若い年齢の人は少ないからか、あちらこちらと引っ張りだこ。
それまでの間、誰とも話そうとせず一人黙々と食事とる。それが駈なりの楽しみ方。目の前にある普段は食べることのない、豪華に盛りつけられた御膳を食べ進める。天ぷらにお刺身など、数ある品を順番に箸を運んでいく。
「駈ちゃんや」
不意に隣から聞き覚えのある落ち着いた声が聞こえてきた。駈は肩をビクリと震わせたが、冷静を装うように持っていた茶碗をそっと置く。
「……もう、びっくりさせないでよ。おばあちゃん」
「ひひひ、ごめんね」
祖母は優しく微笑み、よいしょと卓に置いた手を頼りに腰を下ろした。いつもより早い戻りに駈は驚きの表情を浮かべているが、そんなことを気にも留めていない祖母は笑顔で駈を見ている。
すると、突然何かを見透かしたかのように目を合わせてきた。
「駈ちゃん、何かいい事でもあったのかい?」
駈は何を言っているんだと首を傾げる。いつも通り過ごしていただけなのに、もしかして顔に出ていたのだろうか。祖母は相変わらずニコニコと優しい表情で続ける。
「この前会った時より、いい顔をしていると思ってね」
「……そう?」
やはり顔に出ていたようだ。この前と言っても昨年なのだが祖母にとっては最近の出来事と捉えているらしい。しかし、『いい顔』というのはどのような顔なのだろう。駈は表情に出さないように考えてみたが、全く見当もつかない。
「この前より、目が笑っているよ」
祖母には敵わない、そう思ってしまうほど駈の顔をよく見ていた。いつものように過ごそうと作り笑いを浮かべていたはずなのに、いつの間にかそれは自然な笑顔になっていたようだ。
「そ、そうかな?」
駈はなんて返せばいいのか分からず、しどろもどろになっていた。祖母は静かに頷くだけで会話は続かない。さらなる焦りが駈を襲い、落ち着きを取り戻そうと小さく息を吐いた。
「何話してるのー?」
「あら、早苗ちゃん。もういいのかい?」
「うん! いっぱい話してきたし、お腹も空いてるしね!」
何かを言おうと駈が口を開こうと瞬間、早苗が戻ってきた。そのまま早苗は「いただきます!」と元気よく言うと、御膳にがっつき始める。その食べっぷりは見ているこっちも気持ちよくなるほどに豪快で早苗らしい純粋さが見えた。
駈は祖母との空気感を良い意味で壊してくれたことに心の中で感謝していた。特に言うことも決めておらず、その場の雰囲気で乗り切ろうとしたところを助けてもらったのだ。駈も中断していた食事を再開しようと御膳に箸を運ぶ。
「んで、お兄はおばあちゃんと何話してたの?」
「ちょっと行儀悪いぞ、さすがに。口隠しな」
早苗は興味が先行してしまっているのか、口の中に食べ物を残したまま聞いてきた。さすがにそれはダメだろうと駈自身も口に手を当てながら注意する。ごめんごめんと今度はちゃんと口を隠しながら言うと、周りにいた親戚たちから笑いが上がった。
「いやーやっぱ早苗ちゃんはかわいいねー。駈くんも妹想いで良いお兄ちゃんだ」
「いえいえ、そんなことは」
「ちょっと、なに照れてんのお兄」
駈はまんざらでもないのか口角が上がっていた。そこに早苗は茶々を入れるように駈の脇腹を突っつく。いてて、と情けない声を出したことで再度笑いが巻き起こる。
「ほら駈ちゃん、よく笑っているね」
隣から聞こえてくる声に駈はハッとする。なんとも和やかな空気につられて笑っていたらしい。昨年までの表情とは表裏一体の楽し気な表情。祖母が言っていた『いい顔』とはこのことを言うのかもしれない。
「ねね、おばあちゃん。お兄とさっき何の話してたの?」
「そうね。駈ちゃんにいい事でもあったのかい、って聞いてたところだよ」
「へー、お兄にいい事……」
早苗は口元に指を置いて何やら考え始めた。なにやら嫌な予感がする。すると、すぐに早苗の表情は花が咲いたように明るくなった。
「最近お兄に友達出来たんだよー。それも女の子!」
すぐに周りから「何だって!?」「駈くんに春が!?」など驚きの声がどんどん出てくる。そのまま早苗は事細かく話し始めた。駈は止めることを諦めているのか割り込もうとしない。
「……やっぱり、いい事あったんだね。良かった」
祖母は目の前に広がる賑わいを見ながら、駈に聞こえるかどうかも分からない小さい声で言った。
割とお気に入り回……個人的に
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