76 失踪
離れに戻ってきた瑞祥様は奥様である沙織様と、娘の祝さまの姿がないことに焦っていた。
姉の七緒と母、蝶子は手分けをして屋敷中を探していたし、自分は有馬様とご当主である国継様、ご子息の楪様と一緒に捕えている男を監視していた。
「沙織、沙織、しっかりしろ!」
二階から聞こえる瑞祥様の大声に最初に反応したのは有馬様だった。
捕えている男を国継様に任せ、有馬様と一緒に二階へと続く階段を駆け上る。
瑞祥様の寝室に着いたときには、母も姉もすでに中に入っていた。
瑞祥様に横抱きにされている沙織様の顔からは血の気が引き、いつもは血色のいい肌が青ざめて見えた。
「……祝は……あの子は無事なの?」
瑞祥様に強く揺らされ、目を開けた沙織様が最初に口にした言葉だった。
沙織様の手首に巻かれていた粘着テープは外されていたものの、まだ赤い痕を残している。
その姿だけでもそこにいる全員がショックを受けていたのに、祝さまを案ずる言葉に自分の中で血液が頭から足元へ流れるように、嫌な汗が湧き出すのを感じた。
「風斗、行くぞ」
瑞祥様は沙織様を母と姉に託し、部屋を出ていく。
それに遅れないように自分も飛び出した。
結果、離れのどこにも祝さまの姿はなかった。
「一度、沙織様に詳しい話を伺ってはいかがですか」
やみくもに探している瑞祥様を落ち着かせたかったのもあったけれど、沙織様に話を聞かないことには現状が把握できない。
そう思ったのは自分だけではなかったようで、瑞祥様も「そうだな」と呟いて寝室へ足を向けた。
寝室のソファに座っていた沙織様は意識がしっかりと戻っているようで、自分たちの姿を見つけると、立ち上がろうとしてふらりとよろけた。
そばにいた七緒が慌てて支えて、ソファに座りなおさせる。
「祝さまは?」
「どこにもいらっしゃいませんでした」
母が沙織様の代わりにそう問うたから、自分も短く事実だけを告げた。
沙織様の話によると、瑞祥様が四季の庭への捕縛へ向かったあとで沙織様も部屋を出ようとしたところ、後ろから口を塞がれて気を失っていたのだそうだ。
気が付いたときには一人だったはずの男は二人に増えていて、手足は縛られ、首には刃物が当てられていた。
そこへ祝さまが沙織様を探しにここへやってきて、男は腹部を殴りぐったりした祝さまを担ぎ上げた、ところで意識が途絶えている、とのことだった。
十中八九、祝さまは連れ去られたと考えて間違いないだろう。
祝さまの話を聞いていた瑞祥様はしばらく考え込むように目を閉じていたけれど、それを開けた瞬間、部屋から飛び出していった。
「瑞祥、待て。風斗、瑞祥を止めろ!」
有馬様の叫ぶ声を聞いたときにはもう部屋から飛び出して瑞祥様の元へ向かっていた。
「瑞祥様、お下がりください」
伊達に幼馴染をしているわけではないのだ。
瑞祥様が考えそうなことはある程度はわかる。
「お前が下がれ、風斗」
瑞祥様は捕えた男の前に先回りして立っている自分を睨み付けていた。
底冷えするような声にそばにいたご当主様も楪様も目を大きく開けて固まってしまっている。
いつも表面上の瑞祥様しか見えていない人間にとって、目の前に立っているのは別人に思えるかもしれない。
光の祝福を受けている瑞祥様は基本的に温かい。
けれど、光の本質は氷よりも冷たいのではないか、とまた瑞祥様を見ていて思うことがある。
「いいえ、下がりません。今の貴方ではこの男を殺しておしまいになるでしょう。この男しか祝さまに繋がる手がかりはないのですよ」
とはいえ、自分もこの男の口から洩れる言葉によっては手加減できなくなるのではないか、という危惧はある。
しかし、目の前に自分よりもキレてしまっている人間がいると、不思議なもので冷静になれるのだ。
「ご当主様、瑞祥様をあちらへお連れしてください。ここは有馬様と二人でかまいません」
遅れてやってきた有馬様に視線を向ける。
ご当主様が瑞祥様を連れ出そうとしたけれど、動かなかった。ご当主は母の蝶子を呼び、楪様をこの場から連れ出すようにと預けた。
楪様が部屋から出て行ったのを確認し、瑞祥様に向き直る。
「ここにいらっしゃるなら、絶対に手出し無用でお願いしますよ」
不承不承頷いた瑞祥様を見て、有馬様と一緒にイスに縛り付けられた男に視線を向けた。
男の名前は知らないし、知る必要もない。
これからこの男が口にするのは命乞いかもしれないし、こちらを嘲る言葉かもしれない。
それでも目の前で囚われている男しか手がかりがないのだ。
どんなことをしても情報を得る。
「風の祝福を受けし者が命じる。この手に風を」
瑞祥様や祝さまたち『鍵』は祝福を受けし鍵、という呼びかけをする。しかし、鍵ではない自分のような者が祝福を得ている場合、祝福を受けし者、と呼びかける。決まりでもないのだろうけれど、そう教えられてきたから自分もそれにならっている。
ちなみに瑞祥様や祝さまは呼び掛け無しで祝福を使えるので、『鍵』ならではの特権かもしれない。
風の精霊たちが呼び掛けに応え、右手に風を起こすための力が集まってくるのを感じる。
風にはいろんな使い方がある。
切り刻むことも衝撃波を与えることも、捕縛することも可能だ。
それ故に、加減を間違うと大変なことになる。
「ここに集まりし風よ鋭い刃となり喰らい……」
「ちょーっとまったぁーっ!」
詠唱が途中で止められ、手で形を取ろうとしていた風が崩れていく。
舌打ちをして止められた声がした方を向くと、そこにいたのは、
「……フィート、様?」
鉄壁の放浪癖、筋金入りの根無し草精霊、風の精霊フィートの姿があった。
読んでくださってありがとうございます。
感謝感謝です。
祝が攫われた後の離れでの出来事を風斗視点で書きました。
少しでも楽しんでいただけたらとても嬉しいです。
寒い週末となりましたが、どうぞお風邪など召されませんように。




